劉備
人の縁を束ねる旗手
自分の考えや熱意を、はっきり伝えることで、自分らしい役割を見つける人。
混沌・善 | 人物像の分類CHARACTER ARCHIVE / 人物列伝
余白を残す統括者
蔣琬は、字を公琰といい、荊州零陵郡湘郷県の人です。広都県の長官だったとき、訪ねてきた劉備の前で仕事を放って泥酔し、処刑されかけましたが、諸葛亮のとりなしで免職だけで済みました。諸葛亮は劉禅に「私が死んだら後事は蔣琬に」と密かに上奏しており、235年に大将軍・録尚書事として国政を担います。人々が不安がる中でも様子が変わらず、みなが心服しました。返事もろくにしない楊戯を咎める者に、「人の顔がそれぞれ違うように、考え方も違う」とかばったといいます。
THE WAY OF LIFE
すべてを自分の手で整えなくても、人は力を発揮できる。蔣琬は、全体を見渡しながら、相手が自分で考える余白を残す統括者です。管理することと任せることの間に、穏やかな信頼を置きます。
待つ姿勢は、関心がないようにも見えます。しかし、必要な時に支えられる距離を保って見守るには、違う種類の注意深さが要ります。急いで人を型に入れない、その落ち着きが場を育てます。
相手の得意を生かし、息苦しくない組織をつくれます。一方、任せる範囲が曖昧だと、周囲はどこで相談すべきか迷います。自由と確認の節目を一緒に示すことが、余白を放置に変えないための鍵になります。
このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。史実上の性格を断定するものではなく、値も能力や武力の評価ではありません。
IN THE CHRONICLES
186–246 字は公琰。荊州零陵郡湘郷県の人。
異名「社稷の器」諸葛亮が「一県を治める器ではなく、国を担う器だ」と評した(正史)
『三国志演義』では 有能な政治家として、正史どおり高位に上る。
正史『三国志』を中心とした概略です。年や細部には異説があります。
THE EIGHT DIMENSIONS
高いほど優秀という意味ではありません。左右それぞれに持ち味があります。
SOUL ALIGNMENT / 蔣琬の行動指針
原則と柔軟さの釣り合いを取る、自分の損得と無関係に他者のために動く。
善=自分の損得と無関係な他者支援、悪=自分個人の利益、中立=組織・家のため、または動機が混在する場合。秩序/混沌はルール/裁量で別に判定します。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。人物分類は本作の解釈です。人物ごとの動機に着目した分類であり、史実上の内心を断定するものではありません。史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。
ALIGNMENT / 人物像の解釈
規律・裁量の視点
統括の枠は保ちつつ、細部では相手の判断を認める姿を重視しています。すべてを統制することにも任せきることにも偏らず、規律軸は中立です。
動機の視点
このサイトでは、行動の動機を基準に善・中立・悪を分類しています。自分の損得と無関係に他者のために動く場合は善、自分個人の利益のために動く場合は悪、組織や家のために動く場合や主な動機を一方に定められない場合は中立です。実際の道徳性を測るものではなく、秩序・混沌の判定とは独立しています。
余白を残して統括する姿に、相手を自分の型へ押し込めず、力を発揮する余地を守る姿勢を読み取っています。人を支えることに重心を置き、利他寄りの動機としています。
1=強い利己性、2=利己寄り、3=組織・家のため/主な動機を定められない、4=利他寄り、5=強い利他性。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。人物の一生や史実上の善悪を断定する評価ではありません。
UNDER THE SAME BANNER
診断すると、あなたとの一致度を表示します。
人の縁を束ねる旗手
自分の考えや熱意を、はっきり伝えることで、自分らしい役割を見つける人。
混沌・善 | 人物像の分類理想を設計する責任者
理想を設計する責任者として描くのは、目先の成果を越えて、先の展開を描く生き方です。
秩序・善 | 人物像の分類定石を越える構想家
目先の成果を越えて、先の展開を描く姿に、定石を越える構想家の持ち味が表れます。
混沌・中立 | 人物像の分類局面を裏返す切れ者
局面を裏返す切れ者。局面を動かす鍵は、状況に合わせて、立場や方法を変えることです。
混沌・悪 | 人物像の分類