孫策
勢いを未来に変える人
短い期間で江東に勢力を広げた突破者。
混沌・中立 | 人物像の分類CHARACTER ARCHIVE / 人物列伝
先陣に立つ開拓者
孫堅は、字を文台といい、揚州呉郡富春県の人で、兵法家・孫武の子孫と伝えられます。17歳のとき、銭唐で略奪する海賊に出くわし、高所で大軍を指揮するような身振りをしてみせると、海賊は大軍が来たと思い込んで逃げ出しました。190年に反董卓連合に呼応して挙兵し、董卓軍を破って都尉の華雄を討ち、董卓が焼き払った洛陽に入っています。192年、袁術の命で劉表を攻めて襄陽を囲み、ひとりで峴山を進んでいたところを黄祖の兵に射殺されました。37歳でした。
THE WAY OF LIFE
道がまだない時、最初の一歩は誰かが引き受けなければなりません。孫堅は、自分が前へ出ることで周囲に進路を示す開拓者です。遠くの完成図を語るより、まず足場となる場所をつかみにいきます。
先頭に立つ人には、頼れる前例が少ない。だからこそ判断は速く、責任も近いところにあります。自分の行動から人の動きが生まれ、やがて家や陣営の基盤へ育っていく、その始まりを担う人物像です。
状況が定まらない場でも行動を起こし、集まる人に勇気を与えられます。一方、先頭に立ち続けると、後ろの体制づくりが遅れることも。切り開いた場所を誰に託すかまで考えることで、開拓は一人の勢いを越えて残ります。
このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。史実上の性格を断定するものではなく、値も能力や武力の評価ではありません。
IN THE CHRONICLES
156–192 字は文台。揚州呉郡富春県の人。兵法家・孫武の子孫と伝えられる。
『三国志演義』では 本陣の旗が折れる凶兆を無視して出陣し、蒯良の策にかかって矢を浴び、落石に押し潰されて死ぬ。
正史『三国志』を中心とした概略です。年や細部には異説があります。
THE EIGHT DIMENSIONS
高いほど優秀という意味ではありません。左右それぞれに持ち味があります。
SOUL ALIGNMENT / 孫堅の行動指針
原則と柔軟さの釣り合いを取る、組織や家のために動く、または動機が混在する。
善=自分の損得と無関係な他者支援、悪=自分個人の利益、中立=組織・家のため、または動機が混在する場合。秩序/混沌はルール/裁量で別に判定します。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。人物分類は本作の解釈です。人物ごとの動機に着目した分類であり、史実上の内心を断定するものではありません。史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。
ALIGNMENT / 人物像の解釈
規律・裁量の視点
陣営を率いる役割を踏まえつつ、前線では自分で機を判断する姿を重視しています。既存の権威と現場の裁量を併用するため、規律軸は中立です。
動機の視点
このサイトでは、行動の動機を基準に善・中立・悪を分類しています。自分の損得と無関係に他者のために動く場合は善、自分個人の利益のために動く場合は悪、組織や家のために動く場合や主な動機を一方に定められない場合は中立です。実際の道徳性を測るものではなく、秩序・混沌の判定とは独立しています。
漢末の戦場で先頭に立つ開拓者。既存の権威を利用しつつ現場で判断する姿を、秩序と裁量の中間に置きます。孫氏の基盤づくりは家のための動機として中立。
1=強い利己性、2=利己寄り、3=組織・家のため/主な動機を定められない、4=利他寄り、5=強い利他性。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。人物の一生や史実上の善悪を断定する評価ではありません。
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