CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇
黄祖
江夏を長く守り、頑固に退かなかった老将
黄祖は、劉表に仕えた将で、江夏太守として長江中流の要地を守りました。出身や若いころの経歴は、ほとんど伝わっていません。初平年間(191〜192年)に劉表を攻めた孫堅は、黄祖の軍との戦いのなかで命を落としたと伝わります。禰衡を受け入れましたが、侮辱されて怒り、殺しました。配下の甘寧を重く用いず、甘寧は孫権のもとへ移っています。建安13年(208年)、孫権の軍に江夏を攻められて敗れ、逃げる途中で討たれました。経歴は『三国志』呉書 孫破虜討逆伝・甘寧伝、『後漢書』禰衡伝、『三国志演義』をもとにしています。
劉表のもとで江夏を守った将。孫堅との戦いに関わり、のち孫権に敗れて討たれた。
THE WAY OF LIFE
黄祖の生き方
守る場所から一歩も退かず、居座り続ける。黄祖は、強い統率力と、頑固なまでの粘りを併せ持つ人物像です。
気に入らない相手には、容赦なく手を下した。決断と統率の高さに、その荒さを重ねています。
持ち味と、その裏側
守る地を長く動かさない粘り強さと、軍をまとめる統率力。一方で、人の才を見極める目が曇りやすく、使えるはずの人材を手放して足元をすくわれます。
IN THE CHRONICLES
史実・物語の歩み(概略)
?年〜建安13年(208年)
出身は不詳。劉表に仕え、江夏太守となった。
- 劉表に仕え、江夏太守として長江中流の要地を守った。出身や若いころの経歴は、ほとんど伝わらない。
- 初平年間(191〜192年)、劉表を攻めた孫堅の軍と戦った。孫堅は、黄祖の軍との戦いのなかで命を落としたと伝わる。
- 劉表から送られてきた禰衡を受け入れたが、侮辱されて怒り、禰衡を殺した。子の黄射は、禰衡と親しかったとされる。
- のち配下に加わった甘寧を重く用いず、甘寧は孫権のもとへ移った。
- 建安13年(208年)、孫権の軍に江夏を攻められて敗れ、逃げる途中で討たれた。
- 『三国志演義』では、禰衡を斬る人物としても描かれる。
主な出典
『三国志』呉書 孫破虜討逆伝・甘寧伝、『後漢書』禰衡伝、『三国志演義』
SOUL ALIGNMENT
人物像の分類:混沌・悪
決まりより、その場の感情と判断で動く姿から、規律は混沌寄りとしています。
自分の守る地と立場を固める動きが目立つため、動機は個人寄りに置いています。善悪を断定するものではありません。
このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。