CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇
黄月英
明るい才気で、静かに夫を支えた人
黄月英は、荊州の名士・黄承彦の娘で、諸葛亮の妻です。黄承彦が諸葛亮に「容姿はよくないが、才は君にふさわしい」と縁談を持ちかけ、諸葛亮が承知したと伝わります。『襄陽記』には「黄頭黒色」とあり、この縁談は「孔明の嫁選びをまねるな」と土地の人々に囃されたといいます。「月英」という名は史書にはなく、後世の物語で付けられました。木牛流馬などを発明した人とする話も後世のもので、史書では諸葛亮自身の工夫として記録されています。経歴は『三国志』諸葛亮伝の注(『襄陽記』)をもとにしています。
荊州の名士・黄承彦の娘で、諸葛亮の妻。後世の物語では、発明の才を持つ人として語られる。
THE WAY OF LIFE
黄月英の生き方
人の目を気にするより、自分が面白いと思うことに熱中する。黄月英は、手を動かす楽しさと、物事を工夫で解決する明るさを持つ人物像です。
目立つ場に立たなくても、そばにいる人の力になれる。構想と表現の高さに、その柔らかな才気を重ねています。
持ち味と、その裏側
工夫を凝らして形にする力と、周囲を明るくする柔らかさ。一方で、興味のあることに没頭しすぎやすいため、周囲との時間を意識することも大切です。
IN THE CHRONICLES
史実・物語の歩み(概略)
生没年不詳(後漢末〜三国時代)
荊州沔南の名士・黄承彦の娘。名は史書に残らない。
- 黄承彦の娘。黄承彦が諸葛亮に「容姿はよくないが、才は君にふさわしい」と縁談を持ちかけ、諸葛亮は承知した。
- 『襄陽記』には「黄頭黒色」とあり、当時の美の基準には合わなかったとされる。この縁談は「孔明の嫁選びをまねるな」と土地の人々が囃したという。
- 「月英」という名は史書には見えない。後世の物語や創作で付けられた。
- 木牛流馬などを発明した人とする話も後世のもので、史書では諸葛亮の工夫として記録されている。
主な出典
『三国志』蜀書 諸葛亮伝の注(『襄陽記』)
SOUL ALIGNMENT
人物像の分類:混沌・善
決まった形より、自分の工夫と気持ちで動く姿から、規律は裁量寄りとしています。
人を支え、才を生かそうとする姿から、動機は中間よりやや利他寄りに置いています。
このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。