三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

麴義

強弩と先登で公孫瓚の騎兵を砕き、のち袁紹に斬られた人

麴義は、涼州の人で、袁紹配下の将です。羌との戦いに通じていたと伝わり、はじめ冀州牧の韓馥に仕えましたが、のち袁紹の配下に入りました。界橋の戦いでは、先登と呼ばれる精兵八百と強弩千張を率い、盾の陰に身を伏せて敵が十歩ほどに近づくまで待ち、強弩を一斉に放ってから槍で突き崩して、公孫瓚の騎兵を破ります。界橋まで追って後衛を破り、陣営を奪ったとも伝わります。しかし戦功を誇って驕り高ぶるようになり、『後漢書』によれば、袁紹に呼び出されて斬られました。『演義』では趙雲に討たれますが、史書に二人が戦った記録はありません。経歴は『後漢書』袁紹伝と『三国志』魏書 袁紹伝の注(『英雄記』)をもとにしています。

袁紹配下の将。涼州の人で、羌との戦いに通じていたと伝わる。界橋の戦いで先登の精兵と強弩を率い、公孫瓚の騎兵を破った。のち、功を誇って袁紹に斬られた。

THE WAY OF LIFE

麴義の生き方

盾の陰に身を伏せ、近づいた騎兵を一斉に射る。麴義は、引きつけて一撃で決める戦い方の人物像です。

功を誇る振る舞いが、袁紹の警戒を招いたと伝わる。規律を低めに置き、その危うさを重ねています。

持ち味と、その裏側

少数の精兵と強弩で、数に勝る騎兵を迎え撃つ戦術眼と、陣頭に立つ胆力。一方で、主君との距離の取り方に危うさがあり、功績の大きさがそのまま警戒につながった人物です。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

生年未詳〜没年未詳(公孫瓚の滅亡した199年より前とみられる)

涼州の人。

  1. 涼州の人で、羌との戦いに通じていたと伝わる。麴義だけを扱う独立の伝は『三国志』になく、事跡は袁紹伝・公孫瓚伝とその注、『後漢書』に散らばって残る。
  2. はじめは冀州牧の韓馥に仕えた。韓馥が袁紹を警戒して、その軍の食糧を絞ると、麴義は韓馥に背いて撃ち破り、袁紹の配下に入った、と『資治通鑑』は伝える。
  3. 界橋の戦い(191年末〜192年春。年に異説がある)で、公孫瓚は騎兵を押し出して袁紹軍に迫った。麴義は、先登と呼ばれる精兵八百と強弩千張を率いて前に立った。『英雄記』によれば、兵は盾の陰に身を伏せ、敵が十歩ほどに近づくまで待ってから、強弩を一斉に放ち、その後に槍で突き崩した。
  4. 公孫瓚の将・厳綱は、この戦いで死んだとも、生け捕られたとも伝わる(『英雄記』と、公孫瓚伝の注とで異なる)。公孫瓚の騎兵は退き、麴義は界橋まで追って後衛を破り、陣営を奪ったという。
  5. 『英雄記』は、このとき少数の供だけで進んでいた袁紹が、公孫瓚の騎兵に不意を突かれ、田豊に退避を勧められても退かなかった話を載せる。そこへ麴義の兵が到着して、騎兵を追い払ったという。
  6. その後、麴義は戦功を誇り、驕り高ぶるようになった。『後漢書』は、袁紹が麴義を呼び出して斬り、その軍勢を併せたと書く。年は記されず、公孫瓚が滅んだ199年より前だったと推測される。
  7. 『三国志演義』では、趙雲が麴義を討つ。しかし史書には、二人が戦った記録はない。

主な出典
『後漢書』袁紹伝、『三国志』魏書 袁紹伝・公孫瓚伝の裴松之注に引く『英雄記』、『資治通鑑』

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:混沌・中立

戦功を鼻にかけ、主君に警戒された記録から、規律は混沌寄りとしています。

戦功を誇ったとされる一方、私利だけで動いた記録も乏しいため、動機は中間に置いています。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

診断結果の保存・共有

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。