三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

← 武将図鑑

CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

鮑信

曹操を世に出し、その身代わりに倒れた人

鮑信は、泰山郡平陽県の人で、鮑勲の父です。何進の命で泰山で兵を集めましたが、何進が宦官に殺されて洛陽を董卓に握られると、董卓を重大な脅威とみて、都へ戻りませんでした。190年に反董卓の連合が起こると、弟の鮑韜とともに兵を率いて加わり、汴水の戦いで曹操とともに大敗して、弟は戦死し、自分も傷を負います。連合が崩れたあと、曹操に河南に根拠地を築くよう勧め、192年には青州の黄巾に敗れた劉岱に代わって、曹操を兗州の主に迎えることを勧めました。同年、寿張の近くで黄巾に不意を襲われ、曹操を逃がすために力戦して討ち死にします。曹操は遺体が見つからず、木で像を彫って祭り、涙を流したと伝わります。経歴は『三国志』魏書 鮑勲伝・武帝紀をもとにしています。

泰山郡の人。何進の命で兵を集めたが、董卓の専横を見て反董卓の兵を挙げた。曹操に河南に拠るよう勧め、兗州入りを支えた。192年、寿張で青州の黄巾との戦いに倒れた。鮑勲の父。

THE WAY OF LIFE

鮑信の生き方

曹操の器量を早く見抜き、自分の先に立てた。鮑信は、人の力を見極めて、それを世に出す人物像です。

主君に付き従うのではなく、同じ志の盟友として戦い、最後は曹操を逃すために力戦した。動機と信条の高さに、その姿を重ねています。

持ち味と、その裏側

人物を見極める目と、敵の大きさを早くから見抜く先見。仲間を逃すために踏みとどまる胆力。一方で、自前の兵は少なく、天下を取る側には回らなかった人物です。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

元嘉2年(152年)〜初平3年(192年)

泰山郡平陽県の人。父は鮑丹。弟に鮑韜。子に鮑邵・鮑勲。

  1. 泰山郡平陽県の人。父の鮑丹は、侍中を務めた。鮑信は霊帝の時代に騎都尉となった。
  2. 189年ごろ、大将軍何進に命じられて泰山で兵を集めた。しかし何進は宦官に殺され、洛陽は董卓に握られた。鮑信は董卓を重大な脅威とみて、都へ戻らなかった。
  3. 190年、董卓に対する諸侯の連合が起こると、弟の鮑韜とともに自分の兵を率いて加わり、行破虜将軍となった。連合の盟主は袁紹だった。
  4. 同じ年、曹操とともに董卓軍と戦った汴水の戦いで、大敗した。弟の鮑韜は戦死し、鮑信も傷を負った。
  5. 連合が崩れたあと、鮑信は曹操に、河南に根拠地を築くよう勧めた。
  6. 191年、曹操は鮑信を済北の相に推した。
  7. 192年、青州の黄巾が兗州に入り、刺史の劉岱が鮑信の諫めを聞かず戦って死んだ。鮑信は、曹操を兗州の主に迎えることを勧めた。裴松之注が引く『魏書』は、鮑信が曹操に「世に稀な知略を持ち、英雄たちをまとめて乱を正せるのは、あなただ」と述べたと伝える。
  8. 同じ192年、寿張の近くで、曹操と鮑信は黄巾に不意を襲われて押し込まれた。鮑信は、曹操を逃すために力戦して、討ち死にした。
  9. 曹操は鮑信の遺体を探させたが、見つからなかった。そこで木で鮑信の像を彫らせて祭り、涙を流して泣いたと伝わる。黄巾はのちに降伏し、曹操の精鋭「青州兵」の元になった。
  10. 建安17年(212年)、曹操は献帝に上表して、鮑信の功を述べ、子の鮑邵を亭侯に封じさせた。ほかの子の鮑勲を取り立て、のち魏に仕えさせた。
  11. 鮑勲が文帝(曹丕)の怒りを買ったとき、高柔らが鮑信の功を挙げて助命を求めたが、鮑勲は誅殺された(鮑勲伝)。

主な出典
『三国志』魏書 鮑勲伝(裴松之注に引く『魏書』などを含む)・武帝紀

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:中立・善

朝廷の命と、目の前の戦の判断の間で動いた人で、規律は中間に置いています。

董卓に抗して挙兵し、曹操の盾となって死んだ記録から、動機は他者寄りの側に置いています。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

診断結果の保存・共有

画像を長押し、または「PNGを保存」から保存できます。

診断結果の保存用カード
PNGを保存 ↓

「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。