三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

高柔

法を曲げずに争い、九十歳まで魏に仕えた人

高柔は、字を文恵といい、陳留郡圉県の人です。曹操が袁氏を平定すると菅の長に任ぜられ、処理の公正さから丞相倉曹属に辟されました。合肥で逃亡兵の妻子まで罰する旧法の過酷さを指摘して、曹操に母と弟の処刑を止めさせています。曹丕の時代には、鮑勲の助命を求めて許されず、曹叡の時代にも「廷尉は天下の平である」と述べて、法に従うよう帝に説きました。嘉平元年(249年)、司馬懿が曹爽を罷免した政変では、仮節・行大将軍事として曹爽の軍営を抑えます。景元4年(263年)、九十歳で亡くなりました。経歴は『三国志』魏書 高柔伝・鮑勲伝をもとにしています。

魏の官僚。陳留の人。曹操から曹叡まで、法に基づく政治を訴え続けた。249年の曹爽失脚の際には、曹爽の軍営を抑え、263年に九十歳で亡くなった。

THE WAY OF LIFE

高柔の生き方

君主の機嫌より、法の筋を優先した。高柔は、決まりを守ることで人を守ろうとする人物像です。

曹操・曹丕・曹叡と、仕える主が変わっても、同じ姿勢で意見を述べ続けた。信条と規律の高さに、その一貫を重ねています。

持ち味と、その裏側

権力者に対しても、法の筋を通して意見を述べる粘り強さと、制度の運用を見直す視点。一方で、強く争っても、君主の決定を覆せない場面もあった立場です。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

熹平3年(174年)頃〜景元4年(263年)

陳留郡圉県の人。字は文恵。父は蜀郡都尉の高靖。

  1. 字は文恵、陳留の圉の人。父の高靖は蜀郡都尉。従兄の高幹は、袁紹の甥にあたる。高幹が河北から呼び寄せると、高柔は一族とともに従った。
  2. 曹操が袁氏を平定すると、高柔は菅の長に任ぜられた。のち高幹が并州で反乱した際には、高柔は自ら曹操に帰順した。刺姦令史を経て、処理の公正さから丞相倉曹属に辟された。
  3. 張魯の討伐をめぐって、高柔は鍾繇の出兵に反対し、まず三輔の安定を図るべきだと進言した。
  4. 合肥で、鼓吹の宋金が逃亡した事件では、逃亡兵の妻子まで罰する旧法の過酷さを指摘した。曹操は意見を入れ、宋金の母と弟の処刑を止めた。のち、法曹掾に戻り、校事の盧洪や趙達が権限を乱用していることを批判した。
  5. 曹丕の時代には、妖言を告発した者を賞し、妖言を言った者を殺す法の廃止を求めた。鮑勲が曹丕の怒りにふれたとき、守廷尉だった高柔は、鍾繇・華歆・陳群らとともに、父の鮑信の功を挙げて助命を求めた(鮑勲伝)。助命は通らず、鮑勲は誅殺された。
  6. 曹叡の時代にも、禁苑での狩猟者の処罰をめぐり、「廷尉は天下の平(公平)である」と述べて、法に従うよう帝に説いた。公孫晃の死罪を減ずるよう求めたが、帝は受け入れず、毒杯を賜った。宮殿の造営や後宮の拡大を止めるよう進言したことも伝わる。
  7. 嘉平元年(249年)、司馬懿が曹爽を罷免した政変では、皇太后の詔により、高柔が仮節・行大将軍事として曹爽の軍営を抑えた。司馬懿は高柔に「君は周勃のようだ」と言った。曹爽が誅されたのち、高柔は万歳郷侯に進封された。
  8. 高貴郷公(曹髦)が即位すると、太尉となり、安国侯に進んだ。景元4年(263年)、九十歳で亡くなり、元侯と諡された。
  9. 陳寿は、高柔が法理に明るかったことを評している。

主な出典
『三国志』魏書 高柔伝・鮑勲伝

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:秩序・善

法の運用を重んじ、廷尉として「法を守る」ことを主張した記録から、規律は強い秩序寄りとしています。

刑罰の過酷さをただし、告発や処罰の行き過ぎを諫めた記録から、動機は他者寄りの側に置いています。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

診断結果の保存・共有

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。