三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

陸績

六十年後の天下統一を言い残した、呉の学者太守

陸績は、呉郡陸氏の学者です。六歳で袁術の席から橘を懐に入れ「母に持ち帰りたい」と答えた『懐橘』の子として知られ、長じては孫権に直言を重ねたために遠く鬱林の太守に出されました。足が不自由で、戦よりも星と暦と『易』を好み、任地で『渾天図』を作り『易』に注をつけ、死の前に「六十年ののち、車は軌を同じくし、書は文を同じくするだろう。それを見られないのが恨みだ」と書き残して、三十二歳で没しました。経歴は『三国志』呉書「陸績伝」をもとにしています。

呉郡呉県の人で、字は公紀。廬江太守・陸康の子。六歳で袁術の前で橘を懐に入れ、母に持ち帰りたいと答えた。孫策が江東を取ると、張昭らが武力による平定を論じる席の末座から「管仲は兵車を用いずに天下を正した」と声を上げ、人々を驚かせた。孫権に仕えて奏曹掾となったが、直言を重ねて疎まれ、鬱林太守・偏将軍として南に出された。足が不自由で、学問こそ本分だと自ら思い、任地でも著述をやめず、『易』に注をつけ『渾天図』を作った。死期を悟って自ら辞を書き、「六十年ののち、車同軌、書同文。見られないのが恨みだ」と記して、219年に三十二歳で没した。

THE WAY OF LIFE

陸績の生き方

六歳のとき、袁術の前で橘を三つ懐に入れた。拝礼したら転がり落ちて、「客として来て橘を懐に入れるのか」と笑われた。「母に持ち帰りたいのです」。袁術は、この子を大いに奇とした。『二十四孝』に数えられる話です。

大人たちが武力で天下を平らげる話をしている席の、いちばん端から、少年の声がした。「管仲は兵車を使わずに天下を正しました。遠くの人が服さないなら、文徳を修めて来させる、と孔子は言っています」。張昭たちは、この子を異とした。

孫権に直言を重ねて、遠い鬱林に出された。それでも筆は置かなかった。南の官舎で星図を広げ、『易』を注し、死ぬ前に書いた。「六十年ののち、車は軌を同じくし、書は文を同じくする。それを見られないのが、恨みだ」。晋の天下統一は、280年。言葉どおり、ほぼ六十年後でした。

持ち味と、その裏側

星と暦と算術と『易』に通じ、大きな時間の流れを読む目。目上にも臆せず筋を通す率直さ。一方で、その直言が孫権に疎まれ、学者としての本分から遠い任地に出される原因にもなった。『三国志』の評は「瑚璉の器に南越の守をさせたのは、人を損なうことだ」と孫権を批判している。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

188年〜219年(享年32)

揚州呉郡呉県の人。字は公紀。廬江太守・陸康の子。

  1. 188年、呉郡呉県に生まれた。父は廬江太守の陸康。従祖父にあたる陸康のもとに身を寄せていた陸遜は陸績より数歳年長で、幼い陸績に代わって一門を取りまとめた。
  2. 六歳のとき、九江で袁術に会った。袁術が橘を出すと、陸績は三つを懐に入れ、辞去の拝礼で地に落とした。袁術が「陸郎は客として来て橘を懐にするのか」と言うと、跪いて「帰って母に差し上げたいのです」と答え、袁術は大いに奇とした。
  3. 孫策が江東を取ったのち、呉郡で張昭・張紘・秦松らが上客として「四海はまだ泰平でなく、武功で平定すべきだ」と論じた。陸績は年少で同席できず、遠くから声を上げた。「昔、管仲は斉の桓公を補佐して諸侯を九たび合わせ、天下を正したが、兵車は用いなかった。孔子は『遠人が服さなければ文徳を修めて来させる』と言った。いま論者は道徳で懐けることを務めず、武ばかりを尚んでいる。私は童蒙ですが、心安らかではありません」。張昭らは、これを異とした。
  4. 孫策が没して孫権が継ぐと、奏曹掾に辟された。孫権にたびたび直言したため疎まれ、鬱林太守に転じ、偏将軍を加えられ、兵二千を与えられた。足に病があり、学問の人であって、官は本来の志ではなかった。
  5. 軍事にも加わったが著述はやめず、『易』に注をつけ、『渾天図』を作った。虞翻や龐統と親しく、龐統は「陸子は駑馬だが逸足の力がある」と評した。年齢も土地も越えて交わった。
  6. 死期を悟ると自ら辞を書いた。「漢の志士、呉郡の陸績。幼くして詩・書を敦くし、長じて礼・易を玩び、命を受けて南征し、病に遭って厄に遇い、命の不幸に遭った。ああ、悲しいかな」。続けて「今より去ること六十年ののち、車は軌を同じくし、書は文を同じくするだろう。それに及ばないのが恨みだ」と記した。晋が呉を平らげて天下を統一したのは280年である。
  7. 219年、鬱林で没した。三十二歳。鬱林で生まれた娘は郁生と名づけられ、張温の弟・張白に嫁いだ。長子の陸宏は会稽南部都尉、次子の陸叡は長水校尉に至った。
  8. 『三国志』の評は言う。「陸績が『太玄』を扱ったのは、孔子における左丘明、老子における荘周のようなものだ。瑚璉の器をもって南越の守をさせたのは、人を損なうことではないか」。孫権が陸績を遠ざけたことへの批判である。
  9. 後世、鬱林太守を辞めて帰るとき荷物がなく、舟が軽すぎて海を渡れないので大石を一つ積んで帰ったという『廉石』の伝説が生まれた。『三国志演義』第43回では、諸葛亮の舌戦で劉備の出自を問う一人として現れ、「袁術の席で橘を懐にした陸郎か」と逆に言い返されて言葉に詰まる。演義での役回りは物語の脚色である。

主な出典
『三国志』呉書「陸績伝」(虞陸張駱陸吾朱伝)、裴松之注、『二十四孝』、『三国志演義』第43回。経歴は Wikipedia「陸績」の記述も参照しています。

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:秩序・善

文徳と礼を重んじ、学問を本分として生きたことから、規律は秩序寄りに置いています。ただし君主に逆らってでも直言を続けたので、秩序一辺倒ではありません。

六歳で橘を母のために懐に入れ、成人しては孫権に疎まれると分かっていて直言を続けました。自分の得にならないことを、母のため、国のために選び続けた人として、動機は利他寄りに置いています。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

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