三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

陸凱

暴君に命がけで直言した、呉の硬骨の老臣

陸凱は、字を敬風といい、揚州呉郡呉県の人で、陸遜と同族の世代にあたります。黄武年間に県令や太守を歴任し、赤烏年間には儋耳太守として反乱を鎮めました。孫晧が即位すると、鎮西大将軍・荊州牧となり、宝鼎元年(266年)に左丞相となります。孫晧が武昌への遷都や暴政を進めると、言葉を尽くして諫め、側近の何定の専横を面と向かって罵ったといいます。建衡元年(269年)、72歳で亡くなる際にも、小人を遠ざけ、陸抗らを用いるよう孫晧に伝えたとされます。陳寿は、「男らしくまっすぐで、節操をつらぬいた」と評しました。経歴は『三国志』呉書 陸凱伝・孫晧伝をもとにしています。

呉の臣。陸遜と同族の世代にあたり、孫皓の時代に左丞相を務めた。遷都や暴政、側近の専横を、たびたび面と向かって諫め、269年に72歳で亡くなった。

THE WAY OF LIFE

陸凱の生き方

相手が君主でも、言うべきことは言う。陸凱は、曲がらない信条と、率直な語り口を併せ持つ人物像です。

国の傾きを、黙って見ていなかった。信条と表現の高さに、その節操と、言葉を尽くす直言を重ねています。

持ち味と、その裏側

相手が君主でも怯まず直言する、節操の強さと胆力。一方で、人心の離れた孫皓を、言葉だけで変えることはできず、廃立の計画に加わろうとしたこともあり、力で動かす手立てには欠けていました。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

建安2年(197年)〜建衡元年(269年)

揚州呉郡呉県の人。字は敬風。陸遜と同族で、子の世代にあたるが、系図上の関係は不明。

  1. 呉郡の陸氏の出身。黄武年間に県令や太守を歴任し、建武都尉となって軍権を預かった。
  2. 赤烏年間、儋耳太守となり、将軍の聶友と遠征して反乱を鎮め、建武校尉に進んだ。赤烏13年(250年)には、魏の王昶が南郡へ侵攻すると、朱績の救援に向かった。
  3. 五鳳2年(255年)、零陵の山越の反乱を討ち、巴丘督・偏将軍・都郷侯となった。孫休の時代には、征北将軍・豫州牧となった。
  4. 孫晧が即位すると、鎮西大将軍・巴丘督・荊州牧となり、嘉興侯に進んだ。
  5. 甘露元年(265年)、晋が興ると、丁忠と劉纂が弋陽の奪取を勧めたが、陸凱は孫晧に反対を諫めた。
  6. 宝鼎元年(266年)、左丞相となった。孫晧の廃立を図る計画に加わったが、左将軍の留平に反対されて、実行しなかった。
  7. 孫晧が武昌への遷都や暴政を進めると、言葉を尽くして諫め、側近の何定の専横を、面と向かって罵ったという。
  8. 建衡元年(269年)、72歳で亡くなった。臨終に際し、何定や奚熙のような小人を遠ざけ、姚信・楼玄・賀邵・張悌・薛瑩・滕脩・陸喜・陸抗らを用いるよう、孫晧に伝えたとされる。孫晧の政治を厳しく批判した、二十箇条の長い上奏が伝わるが、信憑性には疑義がある。
  9. 陳寿は、陸凱を「男らしくまっすぐで、節操をつらぬいた」と評した。孫晧は、陸抗の死後、陸凱の家族を交州へ移して報復したとされる。

主な出典
『三国志』呉書 陸凱伝・孫晧伝、同注引『呉録』『江表伝』

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:秩序・善

国の筋と、臣としてのあるべき姿に沿って動く姿から、規律は秩序寄りとしています。

国の行く末を思い、君主に逆らってでも直言した姿から、動機は利他寄りに置いています。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

診断結果の保存・共有

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。