三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

陳到

趙雲に次ぐと称され、劉備の白毦兵を率いて永安を守った将

陳到は、字を叔至といい、豫州汝南の人です。劉備が豫州にいた頃から従った古参で、名も位も常に趙雲に次ぐと称され、ともに忠勇で知られました。劉備の精鋭「白毦兵」を率い、建興の初めには永安都督・征西将軍となり、亭侯に封じられます。呉との境の要地・永安を守り、在官のまま亡くなりました。経歴は『三国志』蜀書 楊戯伝などをもとにしています。

字は叔至。豫州汝南の人。劉備が豫州刺史・豫州牧だったころから従い、「名位は常に趙雲に亜ぎ、ともに忠勇をもって称された」と『三国志』は記す。劉備の死後は、白毦兵と呼ばれる精鋭の指揮を担った。建興の初め、護軍として李厳の配下にあり、建興4年(226年)、諸葛亮が北伐のため漢中へ軍を移すと、李厳が江州へ移り、陳到が永安の守りを任された。諸葛亮は、陳到の率いる白毦兵を「先帝の帳下の兵で、西方の上兵」と評した。官は征西将軍・永安都督に至り、亭侯に封じられた。永安都督の任にあるまま世を去り、のちに宗預が後任となった。没年は確定していない。

THE WAY OF LIFE

陳到の生き方

劉備が小沛にいたころから、苦しい時期も従い続けた。名は趙雲に次ぐと並び称されたが、史書に残る記事は驚くほど少ない。

劉備の死後は、呉との境の永安にとどまって守り続けた。北伐の華やかな戦場から離れた、静かで重い役目だった。

持ち味と、その裏側

精鋭の兵を率い、境の要地を守り続ける重厚さ。楊戯は「統率には精鋭を選び、猛将の烈を持つ」と讃え、陳寿も「忠勇をもって称された」と記した。一方で、事績を伝える史料は乏しく、功績の細部はほとんど分からない。『三国志演義』には登場しない。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

生年不詳〜没年未確定

豫州汝南の人。字は叔至。

  1. 豫州汝南の人。劉備が豫州刺史・豫州牧だった時期から従った(『三国志』)。
  2. 陳寿は「名位は常に趙雲に亜ぎ、ともに忠勇をもって称された」と記す。
  3. 劉備の死後、白毦兵(白耳兵とも)と呼ばれる精鋭の指揮を担った。
  4. 建興の初め、護軍として李厳の配下にあった。建興4年(226年)、諸葛亮が北伐のため漢中へ軍を移すと、李厳は江州へ移り、陳到は永安の守りを任された。
  5. 諸葛亮は書簡で、陳到の統べる兵は「先帝の帳下の白毦で、西方の上兵」だと述べている。
  6. 官は征西将軍・永安都督に至り、亭侯に封じられた。
  7. 永安都督の任にあるまま亡くなり、後任は宗預だった。没年は確定せず、宗預の着任(延熙10年、247年)を基準にする説と、征西将軍の後任が姜維となった建興8年(230年)より前とする説がある。

主な出典
『三国志』蜀書「鄧張宗楊伝」(楊戯『季漢輔臣賛』を含む)、『華陽国志』。経歴は Wikipedia「陳到」の記述も参照しています。

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:秩序・中立

任された守りに就き続けた生き方から、規律は秩序寄りに置いています。

劉備、のち劉禅に仕え、与えられた守りの任を守り続けたことから、動機は中立(主君のため)に置いています。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

診断結果の保存・共有

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。