三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

関索

父の名を背負って駆ける若武者

関索は、関羽の子として語られる、物語の中の人物です。陳寿の『三国志』には登場しません。明の『花関索伝』では、生まれる前に家を失い、七歳で連れ去られて育ち、花岳のもとで武芸を学びます。十八歳で山を下りると、耳の後ろの肉の塊を目印に、母の胡金定と再会します。母を連れて父を探しに出る道中で、鮑三娘や王桃・王悦と出会って妻に迎え、西川で関羽の隊に加わります。『三国志演義』(毛宗崗父子の修訂版)では、荊州から逃れて諸葛亮に従い、孟獲を征する場面が加わりました。雲南・貴州には、関索嶺など、関索にちなむ地名と伝承が残っています。経歴は『花関索伝』『三国志演義』をもとにしています。

関羽の子として語られる、物語の中の若武者。『花関索伝』では、生まれる前に家を失い、十八歳で母と再会して父を探しに出る。道中で鮑三娘や王桃・王悦を妻に迎える話で知られる。

THE WAY OF LIFE

関索の生き方

父の名の重さを知りながら、それを理由に立ち止まらない。ここで描く関索は、背負うものを力に変えて、まず自分から駆けつける人物像です。

明るさと勢いが先に立つのは、軽さではなく、迷いを抱えたまま動ける強さです。行く先で人と出会い、戦い、受け入れられていく物語の姿を、人物像の芯に置いています。

持ち味と、その裏側

危うい場面でも前へ出て、周囲の気持ちを上向きにできます。ただ、名のある家の期待を一人で背負いやすいため、疲れた時は先に周りへ預けることも大切です。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

生没年不詳(物語の人物)

関羽の子として語られる架空の人物。『花関索伝』では関平に次ぐ次男、『三国志演義』(毛宗崗父子の修訂版)では三男とされる。陳寿『三国志』には登場しない。

  1. 桃園結義の直後、張飛の手で関羽の家族が殺された。身重の母・胡金定は逃れて実家へ戻り、そこで関索を産んだ(『花関索伝』)。
  2. 七歳の元宵の夜に灯籠見物ではぐれて連れ去られ、索員外の家で育てられた。九歳で花岳に預けられ、十八歳まで山で武芸と兵法を学んだ。「花関索」の名は、師の花・実父の関・養父の索から取ったもの(『花関索伝』)。
  3. 山を下りて養父の索員外から実の母が胡金定だと聞き、母の実家の胡家荘を訪ねた。母は、幼い頃に耳の後ろにあった肉の塊を目印に、関索を実の子と確かめた。胡家荘に押し寄せた山賊を退け、許抜山・趙拿雲ら十二人の頭領を従えると、母を連れて、父のいる西川へ向かった(『花関索伝』)。
  4. 鮑家荘で鮑三娘と勝負して勝ち、妻に迎えた(『花関索伝』)。
  5. 蘆塘塞で王桃・王悦の姉妹に勝ち、次妻に迎えた(『花関索伝』)。
  6. 母の胡金定も同行し、道中で出会った張飛に、18年前に家を失った事情を語った。父の関羽には一度は認めてもらえなかったが、張飛の取りなしで親子の名乗りを上げた。曹操が落鳳坡で開いた宴では、舞剣の勝負で呂高と張林を討ち、劉備を守った(『花関索伝』)。
  7. 西川攻めでは、呂凱・王志・周倉らを次々に破って従えた。呂凱は関三凱、王志は関志と名を改め、義弟となった(『花関索伝』)。
  8. 劉備の養子・劉豊と争って雲南へ貶され、その間に、劉豊が荊州からの救援の書状を握りつぶしたため、関羽は呉に敗れて亡くなった。病から立ち直った関索は、呂蒙・陸遜らを捕らえて成都へ送り、仇を討った(『花関索伝』)。
  9. 劉備が世を去り、諸葛亮も隠遁すると、気落ちした関索は病に伏して亡くなった。妻たちはそれぞれ故郷へ帰った(『花関索伝』)。
  10. 清初に毛宗崗父子が修訂した『三国志演義』で、荊州から西川へ逃れ、諸葛亮に従って孟獲を征する場面が加えられた。
  11. 雲南・貴州には、関索嶺など、関索にちなむ地名と伝承が残る。

主な出典
『花関索伝』(明・成化年間刊の説唱詞話)、『三国志演義』(早期の刊本の一部と、清初に毛宗崗父子が修訂した版)、雲南・貴州の関索伝承

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:中立・善

父の名と蜀の旗の下で動く姿を踏まえ、規律は秩序と裁量の釣り合いに置いています。

父の名と蜀のために駆けつける姿に、家と仲間への責任を重ねています。個人の功名より、守る側に立つ面を重く見て、動機は利他寄りとしています。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

診断結果の保存・共有

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。