CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇
関平
父の隣に立ち続けた、誠実な息子
関平は、関羽の子として荊州に随行し、父とともに戦った武将です。建安24年(219年)、孫権軍に荊州を奪われて追い詰められ、関羽とともに捕らえられて首を討たれました。『三国志演義』では、河北の関定の次男で、子のない関羽の養子になった人物として描かれ、劉備軍の新野の防衛や益州攻略にも従軍します。のちの関帝廟では、周倉とともに関羽の従者として祀られました。経歴は『三国志』関羽伝、『華陽国志』、『三国志演義』をもとにしています。
関羽の子として荊州で戦い、最期まで父に付き従った武将。
THE WAY OF LIFE
関平の生き方
前に出て目立つより、父のそばで役目を果たすことを選ぶ。関平は、誠実さと責任感で、静かに家の柱を支える人物像です。
一方で、危機の場では退かず、最後まで戦場に立ち続けた。迷いの少なさと、受け継いだものを守り抜く強さを重ねています。
持ち味と、その裏側
筋を通して役目を果たす実直さと、身内や仲間を支え続ける粘り強さ。一方で、自分の考えを後回しにしやすいため、迷ったときには思いを言葉にして伝えることも大切です。
IN THE CHRONICLES
史実・物語の歩み(概略)
生年不詳〜建安24年(219年末〜220年初)
荊州で関羽に従った人。『演義』では河北の関定の次男で、関羽の養子。
- 関羽の子として荊州に随行し、父とともに戦った(『三国志』関羽伝)。
- 建安24年(219年)、孫権軍に荊州を奪われて追い詰められ、関羽とともに捕らえられて首を討たれた。
- 『三国志演義』では、河北の関定の次男で、子のない関羽の養子となった人物として描かれる。
- 演義では劉封とともに新野の防衛などで戦い、益州攻略にも従軍する。
- のちの関帝廟では、周倉とともに関羽の従者として祀られる。
主な出典
『三国志』蜀書 関羽伝、『華陽国志』、『三国志演義』
SOUL ALIGNMENT
人物像の分類:秩序・善
父や組織の方針に従い、決められた役目をまっとうする姿から、規律は秩序寄りとしています。
自分の功名より、父の志と家の名を支える姿を重く見て、動機は利他寄りに置いています。
このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。