三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

郭皇后

知恵で曹丕の寵愛をつかみ、皇后にのぼった「女王」

郭皇后は、冀州安平国広宗県の人で、父は郭永です。幼い娘の聡明さを、父が「女子の中の王」と称えたことから、「郭女王」と呼ばれました。両親が亡くなって家が衰え、召使として働いていたところを曹操に見出され、建安18年(213年)に曹丕に仕えます。知恵が回って寵愛を得、黄初3年(222年)、群臣の反対を押し切って皇后に立てられました。『魏略』などは、甄夫人を讒言で死に追い込んだと伝えますが、『三国志』本文は、甄氏の死は郭后の寵によるもの、と記すのみです。子はなく、曹叡を養子とし、曹叡の即位後は皇太后となり、青龍3年(235年)に亡くなりました。経歴は『三国志』魏書 后妃伝をもとにしています。

冀州の人。家が衰えて召使の身から、曹丕に見出されて寵愛を受け、皇后にのぼった。曹丕の死後は、曹叡の皇太后となった。甄氏の死に関わったと伝わる。

THE WAY OF LIFE

郭皇后の生き方

先を読み、人の心をつかんで動く。郭皇后は、冷静な構想力と、周りを束ねる統率力を併せ持つ人物像です。

表では穏やかで、裏では計算が働く。構想と統率の高さと、動機と挑戦の低さに、その賢さと、守りに寄った姿勢を重ねています。

持ち味と、その裏側

宮中の空気や人の気持ちを読む知恵と、妃たちの間を取りなす調整力。一方で、自分の立場を守るための動きが、甄氏の死など、周りの犠牲を伴ったとも伝わります。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

?年〜青龍3年(235年)

冀州安平国広宗県の人。父は南郡太守の郭永、母は董氏。幼い頃から聡明で、父に「女子の中の王」と称えられ、「女王」の通称で呼ばれた。

  1. 冀州安平国広宗県の人。父の郭永は、幼い娘の聡明さを「女子の中の王」と称えたと伝わり、これが「郭女王」の通称となった。
  2. 両親が亡くなって家が衰え、銅鞮侯の家で召使として働いていた。魏公となった曹操に見出され、建安18年(213年)、曹丕に仕える女中となった。
  3. 知恵が回り、曹丕の寵愛を得て妾となった。気難しい曹丕に代わって、ほかの妃たちとの間の謝罪役を務め、宮中で人望を得たとも伝わる。
  4. 延康元年(220年)、曹丕が魏王になると夫人に、同年10月の即位で貴嬪となった。黄初3年(222年)9月、群臣の反対を押し切って、皇后に立てられた。
  5. 『魏略』や『漢晋春秋』は、郭氏が甄夫人(のちの曹叡の母)を、讒言で死に追い込み、自分が皇后になったと伝える。『三国志』本文は、甄氏の死は郭后の寵によるもの、と記すのみである。
  6. 郭皇后には子がなく、甄氏が産んだ曹叡を養子とした。黄初7年(226年)、曹叡が即位すると、皇太后となった。
  7. 身内への便宜を図りながらも、気風は厳格で、「嫁をもらうなら、同郷で家柄の釣り合う家からもらうべき」という言葉を残している。
  8. 青龍3年(235年)に亡くなり、遺言に従って、首陽陵の西に陪葬された。『三国志演義』では、郭貴妃として登場し、甄夫人の死に関わる描写がある。

主な出典
『三国志』魏書 后妃伝(文徳郭皇后)、同注引『魏略』『漢晋春秋』、『三国志演義』

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:中立・悪

皇后という地位の決まりと、情と立場のあいだで動いた姿から、規律は中間に置いています。

自分の座を固める動きが目立つため、動機は個人寄りに置いています。甄氏の死への関与は諸説あり、善悪を断定するものではありません。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

診断結果の保存・共有

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。