三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

← 武将図鑑

CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

郤正

降伏の文を書き、亡国の主に最後まで付き添った人

郤正は、字を令先といい、河南郡偃師の人です。家は貧しく、主に独学で歴史や政治を学び、文才で知られ、長い年月をかけて秘書令にまで進みました。宦官の黄皓が権勢を握った時期にも、黄皓に近づきも対立もせず、派閥争いから距離を保ったと読めます。景耀6年(263年)、魏の鄧艾が成都に迫ると、後主劉禅の降伏の文書を起草しました。洛陽へ移された劉禅に、旧蜀の高官のうち、家族を残して身一つで随行したのは、郤正を含む二人だけだったと伝わります。晋では巴西太守となり、咸寧4年(278年)に亡くなりました。経歴は『三国志』蜀書 郤正伝・後主伝をもとにしています。

蜀の文官。貧しい家から学問で秘書令に至った。後主劉禅の降伏文書を起草し、洛陽まで付き従って、礼の面で主君を支えた。

THE WAY OF LIFE

郤正の生き方

国が滅びても、主君から離れなかった。郤正は、役目を最後まで引き受ける人物像です。

派手に動く場面は少なく、文章と助言で支えた。表現と規律の高さに、その働きを重ねています。

持ち味と、その裏側

文章で状況を整える力と、権力者の近くにいながら争いに巻き込まれない距離感。一方で、前に出て状況を動かす場面は記録に乏しく、支える側にとどまる人物です。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

生年未詳〜咸寧4年(278年)

河南郡偃師の人。字は令先。祖父は益州刺史だった郤倹。

  1. 字は令先、河南郡偃師の人。祖父の郤倹は、後漢末の益州刺史だった。家は貧しく、郤正は主に独学で歴史や政治を学び、文才で知られた。
  2. 秘書の官で書吏から始め、長い年月をかけて秘書令にまで進んだ。郤正伝は、郤正の自作の文章「釈譏」を載せる。
  3. 宦官の黄皓が権勢を握った時期にも、郤正は黄皓に近づきも対立もせず、派閥争いから距離を保ったと読める(郤正伝)。
  4. 景耀6年(263年)、魏の鄧艾が成都に迫ると、後主劉禅は降伏した。その降伏の文書は、郤正の起草による(後主伝にも収める)。
  5. 翌264年の鍾会の乱のあと、劉禅は洛陽へ移された。旧蜀の高官のうち、家族を残して身一つで劉禅に随行したのは、郤正を含む二人だけだったと伝わる。洛陽では、劉禅が礼の作法を郤正に頼ったという。
  6. 裴松之注が引く『漢晋春秋』は、司馬昭の宴の逸話を伝える。司馬昭に蜀を思い出すかと問われた劉禅は、「ここは楽しく、蜀を思うことはない」と答えた。これを聞いた郤正は、次に問われたら、先祖の墓が遠い蜀にあって、西を思わない日はないと答え、目を閉じるようにと劉禅に教えた。後日、劉禅がそのとおりに答えると、司馬昭は「郤正の言葉のようだ」と言い、劉禅は驚いて、そのとおりだと認め、左右の者は笑った。この逸話は、本文ではなく裴注の引用に拠る。
  7. 晋では、泰始9年(273年)に巴西太守となり、278年に亡くなった。
  8. 郤正の文章のうち、降伏の文書と「釈譏」が、『三国志』に伝わる。

主な出典
『三国志』蜀書 郤正伝・後主伝、裴松之注に引く『漢晋春秋』

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:秩序・善

礼や文書の作法を重んじ、主君の側に付き従った姿から、規律は秩序寄りとしています。

亡国のあとも主君に付き従い、助言を続けた記録から、動機は他者寄りの側に置いています。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

診断結果の保存・共有

画像を長押し、または「PNGを保存」から保存できます。

診断結果の保存用カード
PNGを保存 ↓

「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。