三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

邴原

礼を守り、旧友を救った学者

邴原は、管寧・華歆と並び称された学者です。若い頃から州や郡の招聘を断り、黄巾の乱の後は遼東へ渡りました。遼東では同郷の劉政をかくまい、その家族の釈放まで働きかけたと本文にあります。のちに曹操に仕えましたが、礼に反する頼みは断りました。生没年の記録はなく、没年は210年以後とされるだけです。

北海郡朱虚県の人。黄巾の乱のあと遼東へ渡り、のちに曹操に仕えた学者。生没年は不明。

THE WAY OF LIFE

邴原の生き方

黄巾の乱のあと、家族を連れて海へ渡り、遼東へ向かった邴原は、そこで学問を求める人々を迎えました。旧友の危機に際しては、かくまうことを選んだ人物です。

曹操の申し出を礼に反すると断った一件は、本文に記録されています。官に就いても譲れないところは譲らなかった、一貫した人物像です。

持ち味と、その裏側

困っている人を前にすると動くこと、礼に反することは受け入れないこと。一方で、率直な物言いは相手との摩擦を生みやすかったと考えられます。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

生没年不明(210年以後に没したとされる)

字は根矩。青州北海郡朱虚県の人。

  1. 若い頃から管寧と並び称され、州や郡からの招聘を断った(本文)。華歆・管寧とともに『魏略』に「一龍」と呼ばれた(華歆伝裴注)。裴松之は、その順序で人物の優劣を決めることに疑問を示している。
  2. 黄巾の乱が起こると、家族を連れて海へ渡り、鬱洲山中で暮らした。孔融が「有道」として推薦したが、黄巾の勢力が強く、遼東へ向かった(本文)。
  3. 遼東では、同郷の劉政が公孫度に危険視され、家族が捕らえられた。頼ってきた劉政を一か月余りかくまい、帰郷する太史慈に託して逃がした。さらに公孫度を説得し、家族も釈放させた(本文)。
  4. 劉政が邴原を頼ったときの「窮鳥入懐」の台詞は、『魏氏春秋』による裴注の記述である。
  5. 遼東では一年のうちに数百家が集まり、遊学する人々への教育が盛んになったと記される(本文)。
  6. 帰還について本文は「後得帰」とだけ記す。『原別伝』によると、十余年ののち、ひそかに帰還した(裴注『原別伝』)。滞在年数は『原別伝』による。
  7. 若年期の官歴について、『原別伝』は郡の功曹主簿や、孔融の計佐に就いたと記す。本文の招聘辞退との前後関係は確定できない。
  8. 曹操の司空在任中(196〜208年)に司空掾として招かれ、仕えた(本文)。210年には丞相徴事に任じられた(裴注『献帝起居注』)。その後、五官将長史となった(本文)。
  9. 曹沖が208年に亡くなった際、曹操は邴原の亡き娘との合葬を望んだ。邴原は礼に反するとして拒み、曹操もこれを受け入れた(本文)。
  10. 晩年は公務以外では外出せず、慎ましく暮らした(本文)。
  11. 最期について本文は、曹操が呉を征伐したとき従軍し、亡くなったと記す(本文)。どの遠征かは明記されないため、没年は断定しない。
  12. 『原別伝』の逸話:11歳で父を亡くし、学費がなくて泣いていると、教師が無償で教えたという。孔融が部下を殺そうとした際には、好悪で人の生死を決めることを厳しく諫めた。いずれも裴注に引かれた記録で、会話の細部は断定できない。
  13. 後世の扱い:『三国志演義』第66回で、華歆・邴原・管寧が「一龍」と呼ばれたと挿入される程度で、物語の中では行動しない。

主な出典
『三国志』魏書 巻11 邴原伝(裴注:『原別伝』『献帝起居注』『魏氏春秋』)、巻13 華歆伝(裴注『魏略』)、巻11 管寧伝。『三国志演義』第66回。

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:秩序・善

官に仕えたうえで礼を守り通した姿から、規律は秩序寄りに置いています。

同郷の劉政を一か月余りかくまい、その家族の釈放を公孫度に働きかけた行動を重く見て、動機は利他寄りに置いています。官に就いたあとも、礼に反する頼みは受け入れていません。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

診断結果の保存・共有

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。