三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

趙氏貞

呉の支配に挙兵したと伝わる交州の女性(趙嫗)

趙氏貞は、呉の赤烏11年(248年)に、交州で挙兵したと伝わる女性で、趙嫗とも呼ばれます。ただし『三国志』呉書の陸凱・陸胤伝には、趙嫗の名はありません。東晋の『交州記』(のち類書に引用)やベトナム側の史書に記録があり、詳しい物語は、後世のベトナムの小説や近代の著作で広まったものです。実在したかどうかも、研究では慎重に扱われています。ここでは、確実な記録の少なさを踏まえた暫定の値を置いています。

呉の赤烏11年(248年)に交州で挙兵したと伝わる女性。趙嫗とも呼ばれる。『三国志』には名がなく、東晋の『交州記』(類書に引用)やベトナム側の史書に記録がある。詳しい物語は後世の小説や近代の著作によるもので、実在の検証は難しい。

THE WAY OF LIFE

趙氏貞の生き方

呉の支配に対して、山中で党を結び、郡県を攻めたと伝わる。挑戦の高さを、この記録に置いています。

詳しい人物像は、後世のベトナムの伝承が中心で、値は暫定のものです。

持ち味と、その裏側

古い記録は、山中で党を結んで郡県を攻略した人物として伝える。のちのベトナムでは、抵抗の英雄として語られた。ただし、詳しい姿は後世の伝承によるもので、確かな持ち味は特定できません。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

生没年未詳(248年に挙兵と伝わる)

九真郡軍安県(今のベトナム清化省)の人と伝わる。『交州記』は『軍安県の女子趙嫗』と記す。別名は趙夫人・趙氏貞。

  1. 『三国志』呉書 陸胤伝は、赤烏11年(248年)に、交阯・九真の夷賊が城邑を攻め落とし、交州が騒動になったと記す。陸胤は交州刺史・安南校尉に任じられ、恩信で諭して、賊帥百余人、民五万余家が降った。この本文に、趙嫗の名はない。
  2. 東晋の劉欣期の『交州記』は、この反乱の首領を、九真郡軍安県の女子の趙嫗とする。乳房が数尺あった、嫁がなかった、山に入って群盗を集め、しばしば九真郡を攻めた、と記す。『太平寰宇記』は、さらに『象の頭に居て戦った』と補う。どちらも、賊の頭目として、誇張と否定を交えた書き方である。
  3. 『大越史記全書』は、戊辰(248年)の九真の反乱と、趙嫗の挙兵を、一つの出来事としてまとめる。陸胤が趙嫗を平らげたと記し、引用する『交趾志』は、趙嫗が戦いで死に、死後に神となったと伝える。
  4. 趙嫗は、のちベトナムで神として祀られた。梁末の李賁が『弼正夫人』と封じ、李朝は『英烈夫人』、陳朝は『雄才』『英敏』『偉績』『貞一』などの号を加えた。祠は清化省にあり、2014年に国家特別遺跡、2023年に祠の廟会が国家無形文化遺産に指定された。
  5. ベトナムの小説『粤甸幽霊集』の『麗海婆王記』は、本名を貞とし、兄の趙国達と暮らし、『波を越え、海の鯨を斬りたい。人の妾にはならない』と言ったと記す。兄の死後に首領となり、『蕊嬌将軍』と号し、陸胤を七十余戦で破って、『麗海婆王』と呼ばれた。陸胤が、兵に裸で戦わせて破り、趙氏貞は23歳で自刎した、という筋になっている。これは小説の物語で、『三国志』には全くない。
  6. 阮朝の阮福時は、『ベトナムの女子には雄奇な者が多く、趙嫗も二徴夫人の類である。ただし、乳房の長さは怪しく、笑うべき話だ』と評した。
  7. 『三国志』に名がなく、中国側の古い記録は賊の頭目として記し、ベトナム側は英雄とする。詳しい人物像は後世の物語によるもので、実在の議論も慎重に扱われている。

主な出典
『三国志』呉書 陸胤伝(趙嫗の名なし)、劉欣期『交州記』(『太平広記』『太平御覧』所引)、『太平寰宇記』、『大越史記全書』、『粤甸幽霊集』(小説)、日本語版Wikipediaと百度百科の記述

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:混沌・中立

朝廷の支配に反して挙兵したと伝わるため、規律は低めに置いています。

確実な記録が乏しく、動機を一方に定められないため、中間に置いています。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

診断結果の保存・共有

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。