CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇
趙娥
父の仇を討った烈女
趙娥は、後漢末の涼州酒泉郡の女性で、龐淯の母です。父の趙安を同じ県の李寿に殺され、兄弟も相次いで亡くなるなか、名剣をひそかに買って夜ごとに刃を研ぎ、周りに笑われても決意を曲げませんでした。光和2年(179年)、都亭で李寿に出会って白昼に仇を討ち、首を持ってすぐに自首します。県の長が見逃そうとしても、法による処罰を求めて受けませんでした。のちに大赦で罪を免れ、烈女として石碑が建てられました。経歴は『三国志』魏書 龐淯伝注と『後漢書』列女伝をもとにしています。
父の仇を討つ決意を貫き、その後は自ら法の裁きを受けようとした、酒泉の烈女。
THE WAY OF LIFE
趙娥の生き方
父の仇を討つと決め、長く機会を待った趙娥。周囲に頼れる者がいなくなっても、自分の責任だと受け止めたことを手放さない人物像です。
目的を果たした後に出頭した姿には、決意だけでなく、自らの行動の結果を引き受ける厳しさが見えます。
持ち味と、その裏側
一度決めたことを粘り強く続け、責任を引き受ける力。一方で、一つの目的に自分を縛りすぎず、周囲に思いを伝える余地も大切です。
IN THE CHRONICLES
史実・物語の歩み(概略)
生没年不詳(後漢末)
涼州酒泉郡禄福県の人。龐淯の母。
- 父の趙安が、同じ県の李寿に殺された。兄弟たちも相次いで亡くなり、李寿は自分を狙う者はいなくなったと喜んだ。
- 名剣をひそかに買い求め、夜ごとに刃を研いで機会をうかがった。周りに笑われても、決意を曲げなかった。
- 光和2年(179年)2月、都亭で李寿と出会い、白昼に仇を討った。
- 李寿の首を持ってすぐに自首した。禄福県の長の尹嘉は罪を問うに忍びず見逃そうとしたが、趙娥は法による処罰を求めて受けなかった。
- のちに大赦で罪を免れ、石碑が建てられるなど、烈女として広く称えられた。
主な出典
『三国志』魏書 龐淯伝注引 皇甫謐『列女伝』、『後漢書』列女伝
SOUL ALIGNMENT
人物像の分類:秩序・中立
仇討ちの後に自ら出頭し、法を曲げた逃亡を拒んだ逸話に着目し、規律は秩序寄りとしています。
父の仇を討つという家族への責任を中心に捉え、動機は中立に置いています。復讐の行為自体を善と評価するものではありません。
このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。