三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

費詩

関羽を諫め、君主にも直言した蜀漢の剛直な諫臣

費詩は、字を公挙といい、犍為郡南安県の人です。劉璋のもとで綿竹県令を務め、建安18年(213年)に劉備が綿竹に迫ると、城を挙げて降りました。建安24年(219年)、劉備が漢中王になると、関羽に前将軍を授ける使者となり、黄忠と同列に並ぶことを嫌う関羽を諫めて受けさせます。章武元年(221年)には、劉備の即位に上疏して反対し、永昌従事に左遷されました。諸葛亮の南征に従い、諸葛亮の没後は蒋琬のもとで諫議大夫となって、家で没します。関羽にも君主にも直言した、蜀の剛直な諫臣です。経歴は『三国志』蜀書 霍王向張楊費伝をもとにしています。

犍為郡南安県の人。字は公挙。劉璋に仕えて綿竹県令を務めたが、劉備が綿竹に迫ると、いち早く城を挙げて降った。劉備が益州牧となると督軍従事に任ぜられ、牂柯太守、益州前部司馬へ進む。219年、漢中王となった劉備の命で関羽に前将軍を授けた際、黄忠と同列に並ぶことを嫌う関羽を諫めて受けさせた。221年には劉備の即位に上疏して反対し、永昌従事に左遷される。諸葛亮の南征に従い、諸葛亮没後は蒋琬の下で諫議大夫となったが、家で没した。

THE WAY OF LIFE

費詩の生き方

関羽が黄忠と同列の任命を拒んだ際、蕭何・曹参と韓信の例を引き、劉備と関羽は一体であって官位を争うべきではないと説いた。関羽は感悟して任命を受けた。大義を示して相手の自尊心を立てる論法が特徴である。

221年、群臣が劉備の即位を勧めた際、「大敵が滅びぬうちに自立すれば人心が疑う」と上疏し、左遷された。諸葛亮が孟達との書簡を送ろうとした際も、「節操のない者に書を送る価値はない」と諫めた。陳寿はその直言が用いられなかったことを惜しみ、常璩も「直を率いて陵遅す」と記す。『三国志演義』では、糜芳・傅士仁の失火に関羽が怒った場面で費詩が諫め二人を救うが、これは演義の脚色で史書にはない。

持ち味と、その裏側

大義を示して相手の立場を立てる説得力と、君主の意向に逆らってでも言うべきことを言う胆力。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

生没年不詳(蒋琬の時代に没)

犍為郡南安県(現在の四川省楽山市)

  1. 劉璋の下で綿竹県令を務める(『三国志』)。
  2. 213年(建安18年): 劉備が綿竹に迫ると、城を挙げて降る(『三国志』)。
  3. 214年(建安19年): 劉備が益州牧となり、督軍従事に任ぜられる。のち牂柯太守、益州前部司馬(『三国志』)。
  4. 219年(建安24年): 劉備の漢中王即位に伴い、関羽に前将軍を授ける。黄忠との同列を嫌う関羽を諫め、受けさせる(『三国志』)。
  5. 221年(章武元年): 劉備の即位に上疏して反対し、永昌従事に左遷される(『三国志』)。
  6. 225年(建興3年): 諸葛亮の南征に従い、孟達との書簡に反対する。諸葛亮は北伐のため書簡を送る(『三国志』)。
  7. 諸葛亮没後: 蒋琬の下で諫議大夫となり、後に家で没する(『三国志』)。

主な出典
『三国志』蜀書 霍王向張楊費伝第十一(裴松之注を含む)、『華陽国志』巻五 公孫述劉二牧志。『三国志演義』第65・73・91回。

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:秩序・善

規律4のため秩序。君臣の礼と大義を基準に、君主の過ちを正そうとした。

主君の正統と蜀漢の大義を守るため、自らの立場を顧みずに諫めた。動機は善として扱います。ただし、主君の意に逆らうことを厭わない姿勢は、君臣の和を損ねたとも読める。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

診断結果の保存・共有

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。