CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇
虞氏
皇后に立てられず、曹氏の后妃選びを厳しく批判した女性
虞氏は、曹叡が平原王だった頃に妃となり、即位後も皇后に立てられなかった女性です。卞太皇太后から慰められ、曹氏の后妃選びを批判する言葉を残したと本伝に記されます。その後は鄴宮へ退けられましたが、以後の消息は史書にありません。ここでは、本人の言葉として残った部分だけを手がかりとし、性格は断定していません。
魏の明帝・曹叡が平原王だった頃の妃。曹叡の即位後も皇后に立てられず、曹氏の后妃選びを批判したと伝えられる。
THE WAY OF LIFE
虞氏の生き方
河内郡出身で、曹叡が平原王だった頃に妃となりました。
曹叡が即位しても皇后には立てられず、卞太皇太后から慰められました。
曹氏が身分の低い女性を皇后に選ぶことを好むと批判し、鄴宮へ退けられたと記されています。
持ち味と、その裏側
立場が揺らいだ後も、君主と皇后のあり方について自分の考えを述べた人物像。
IN THE CHRONICLES
史実・物語の歩み(概略)
生没年不詳
河内郡の人。
- 曹叡が王だった頃に妃となった。
- 曹叡の即位後、皇后に立てられず、卞太皇太后から慰められた。
- 「曹氏自好立賤」と批判し、「虞氏遂黜還鄴宮」と記される。その後の消息は不明。
主な出典
『三國志』巻五「明悼毛皇后伝」(本伝の本文。裴松之注ではない)
SOUL ALIGNMENT
人物像の分類:真なる中立
発言は本伝にあり、宮廷の秩序への考えとして記録されています。(要確認)
皇后に立てられなかった経緯と、本人の発言を本伝の記述どおりに示し、心情は断定していません。
このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。