三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

蒯越

劉表の謀主として宗賊を平らげ、荊州を曹操に明け渡した策士

蒯越は、字を異度といい、襄陽中廬の人です。大将軍何進に辟されて東曹掾となり、宦官の誅殺を勧めましたが容れられず、汝陽令に出ました。何進の敗死を予見したと『傅子』は記します。190年に劉表が荊州に入ると、宜城で蒯良・蔡瑁と対策を協議し、宗賊の頭目を誘って斬り、その部衆を収めて荊州を安定させました。章陵太守・樊亭侯に封じられ、官渡の対峙の際には劉表に曹操への帰順を勧め、建安13年(208年)に劉表が没すると、劉琮に曹操への降伏を勧めます。曹操は「荊州を得たことより蒯異度を得たことが喜ばしい」と記したと伝わり、蒯越は建安19年(214年)に没しました。経歴は『後漢書』袁紹劉表伝と『三国志』魏書 董二袁劉伝をもとにしています。

襄陽中廬の人。大将軍何進に辟されて東曹掾となり、宦官の誅殺を勧めたが容れられず、汝陽令に出た。何進の敗死を予見したと『傅子』は記す。劉表が荊州に入ると、宗賊の頭目を誘って斬り、その部衆を収めて荊州を安定させた。建安13年、劉表の没後に劉琮へ曹操への降伏を勧め、建安19年に没した。

THE WAY OF LIFE

蒯越の生き方

宗賊の頭目を騙して斬り、部衆を吸収した策は、『司馬彪戦略』が劉表の言として「臼犯の謀」と記すほど、権謀に富む。荊州の安定という結果は残したが、手段の残酷さは同時代から批判されている。

『三国志演義』では蒯良の弟として描かれ、宴席で蔡瑁が劉備を害するのを防ぐ役割を果たす。こうした場面は演義の脚色で、史書の事績とは別に読む。檀渓の逸話は『魏晋世語』の記録だが、孫盛は「世俗の妄説」と退けている。

持ち味と、その裏側

先を読む構想力と、州の内情を読み切る実務感覚。曹操に「荊州より蒯異度を得たことが喜ばしい」と言わしめた人材感覚はあるが、晩年は目立った功績を残していない。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

生年不詳〜214年(建安19年)

襄陽中廬(現在の湖北省襄陽市西南)

  1. 188年頃(中平5年頃): 大将軍何進に辟されて東曹掾となる。宦官の誅殺を勧めるが容れられず、汝陽令に出る(『傅子』)。
  2. 190年(初平元年): 劉表が荊州に入り、宜城で蒯良・蔡瑁と対策を協議。宗賊の誘殺を進言する(『司馬彪戦略』)。
  3. 190年代: 宗賊の頭目を誘って斬り、その部衆を収める。章陵太守・樊亭侯に封じられる(『傅子』)。
  4. 200年(建安5年): 官渡の対峙の際、劉表に曹操への帰順を勧める(『三国志』)。
  5. 208年(建安13年): 劉表の没後、劉琮に曹操への降伏を勧める(『三国志』)。曹操は荊州平定後、「荊州を得たことより蒯異度を得たことが喜ばしい」と記したと伝わる(『傅子』)。
  6. 214年(建安19年): 没。臨終に家族を曹操に託し、曹操はこれを受けたと伝わる(『傅子』)。

主な出典
『後漢書』袁紹劉表伝、『三国志』魏書 董二袁劉伝(裴松之注『傅子』『司馬彪戦略』を含む)。『三国志演義』(蒯良の弟として)。

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:混沌・悪

規律2のため混沌。宗賊の誘殺や、劉琮への降伏進言など、権謀を重んじる判断が目立つ。

荊州の安定を理由に、宗賊の頭目を誘って斬る手段を取った。その結果は州の安定につながったが、手段は残酷で、動機は低く評価します。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。