CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇
董白
祖父の威光のもとに育った少女
董白は、祖父・董卓の権勢のもとで、15歳にもならないうちに渭陽君に封じられた少女です。史書に残るのは、その封爵の場面だけで、本人の言葉や意思を伝える記述はありません。ここでの人物像は、与えられた立場の大きさから重ねた読みで、本人が何を選んだかではなく、何が与えられたかを手がかりとしています。
史書の記録はわずか。祖父・董卓の権勢のもとで育った少女。
THE WAY OF LIFE
董白の生き方
史書に人柄の記述はほとんど残らない。少女のうちに高い称号を与えられた事実から、守られて育った立場を重ねた人物像です。
周囲に大切にされる立場の華やかさと、あどけなさ。表現の高さと、組織を率いる側ではない統率の低さを、与えられた立場から重ねています。
持ち味と、その裏側
周囲の注目を集める存在感。一方で、与えられた立場に頼りやすいため、自分の足で選ぶ経験を重ねることも大切です。
IN THE CHRONICLES
史実・物語の歩み(概略)
生没年不詳(初平年間に15歳未満)
董卓の孫娘。涼州隴西郡の董氏の出。
- 董卓の孫娘。董卓は涼州隴西郡臨洮県の出身。
- 初平年間(190〜192年)のうち、まだ15歳未満で、成人の印の簪も挿していないうちに、渭陽君に封じられ、領地を与えられた。
- 授与のとき、青蓋車(青い覆いの車)に乗り、郿城の都尉・中郎将・刺史に先導された。印綬は、使者を務めた董卓の甥の董璜から受けた。
- 初平3年(192年)に董卓が呂布らに殺され、董氏の一族が誅滅された。董白のその後は史書に記録がなく、郿坞で宗族が殺された中に含まれたとする説もあるが、はっきりしない。
- 『三国志演義』には登場しない。後世の作品では、創作を加えて描かれることがある。
主な出典
『三国志』魏書 董二袁劉伝(裴松之注に引く『英雄記』)、『後漢書』董卓伝(李賢注)
SOUL ALIGNMENT
人物像の分類:混沌・中立
決まりごとより、守られた立場の中で自由に振る舞う姿から、規律は裁量寄りとしています。
自分の望みよりも、周囲に与えられた立場に包まれて動く姿から、動機は中間に置いています。
このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。