CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇
胡金定
身重で見逃され、耳の後ろの瘤で息子を見分けた関羽の妻
胡金定は、『花関索伝』が伝える関羽の妻で、関索の母です。桃園の誓いのあと、互いの家族を断つ約束で関羽の家に来た張飛に、身重であったために見逃され、実家の胡家荘で関索を産みました。七歳で迷子になった息子と十一年後に再会し、ともに夫を探す旅に出ます。正史も『三国志演義』も関羽の妻の名を記さず、「胡金定」の名はこの物語が伝えるものですが、後世の関帝信仰では関羽の夫人を胡氏として祀る流れもあります。
関羽の妻。蒲州の胡員外の娘。桃園で義を結んだ三人が互いの家族を断つ約束をしたとき、関羽の家に来た張飛は、身重の胡氏を殺せず見逃した。胡氏は実家の胡家荘で関索を産む。七歳で迷子になった息子が十八歳で戻ると、耳の後ろの瘤を目印に息子と見分け、ともに関羽を探す旅に出た。旅の途中では、関羽に化けた偽者を見破っている。
THE WAY OF LIFE
胡金定の生き方
夫は家を捨てて義に生き、息子は迷子になって消えた。それでも実家で待ち、戻ってきた息子を見分け、ともに旅に出る。胡金定は、待つ強さと動く強さの両方を持つ人物像です。
父が疑っても、耳の後ろの瘤で息子と分かる。関羽に化けた偽者も、息子が見抜けないなかで見破る。長い歳月を隔てても人を見誤らない、確かな目をこの人の芯に置いています。
持ち味と、その裏側
長い不在に耐え、つながりを手放さない粘り強さ。そして、人を見る確かな目。一方で、自分のことより夫や息子を先に立てる癖があり、自分が何を望むかを口にする場面が少ない人です。旅の目的に、自分の願いも一つ足してよいはずです。
IN THE CHRONICLES
史実・物語の歩み(概略)
生没年不詳(物語の人物)
『花関索伝』が関羽の妻として語る人物。関羽と同じ蒲州(漢代の河東郡)の出身で、父は胡員外、実家は胡家荘とされる。正史『三国志』と『三国志演義』は関羽の妻の名を記さない。後世の関帝信仰の文献(『関帝志』『関氏家譜』など)は関羽の夫人を胡氏とし、明の万暦年間に皇后号が追贈されたとも伝えられる。
- 関羽の妻。蒲州の胡員外の娘で、関羽と同郷とされる(『花関索伝』前集)。
- 物語の年立てでは184年、桃園で義を結んだ劉備・関羽・張飛は、家族が志の妨げにならないよう、互いの家族を断つ約束をした。関羽の家に来た張飛は、命乞いをする息子の関平を殺すに忍びず供として連れて行き、身重の胡金定も見逃した。胡金定は実家の胡家荘に帰り、まもなく男の子を産んだ。この子が関索である(同)。
- 七年後、子は七歳の元宵節に迷子になり、索員外に拾われて育てられた。胡金定のもとには、十一年のあいだ消息がなかった(同)。
- 十八歳になった花関索が、索員外に連れられて胡家荘を訪ねた。外祖父の胡員外は、関羽に似ず小柄なこの若者を疑ったが、母の胡金定は耳の後ろの瘤を目印に、わが子と認めた(同)。
- そこへ太行山の賊が胡家荘を襲う。花関索は父の残した甲冑と花帽を身に着けて賊の頭目・許抜山と趙拿雲を生け捕りにし、十二人の賊を帰順させた。胡金定はこの十二人と軍勢を従えた息子とともに胡家荘を離れ、まだ見ぬ夫を探して西川への旅に出た。道中で花関索が妻に迎えた鮑三娘・王桃・王悦は、母の胡氏に揃って挨拶をした(同)。
- 後集では、孫権の配下の姚賓が関羽に投降して義兄弟となり、その夜に関羽に化けて赤兎馬を奪って逃げる。姚賓は花関索の前に現れて「自分が関雲長だ」と偽ったが、ともにいた胡金定が見破った。そこへ張飛が現れて事の次第を告げ、逃げようとした姚賓は花関索に討たれた(『花関索伝』後集)。
- 張飛が花関索を関羽に会わせたが、関羽は息子の話を信じなかった。花関索が怒って「曹操に味方する」と言い出す一幕のあと、張飛が胡金定の話を伝えて関羽はようやく納得し、関羽は花関索と胡金定を劉備に引き合わせて祝宴を開いた(同)。胡金定のその後は、底本に詳しく語られていない。
- 明清の挿絵入り『三国志演義』の一部の版本にある「関索、父を認む」の段では、関索は母から「父は土地の悪党を殺して逃げた」と聞かされ、家が貧しいので母方の祖父・胡員外に育てられた、と関羽に語る。『花関索伝』とは筋が違うが、母の実家が胡氏である点は重なる。
- 正史『三国志』も『三国志演義』も、関羽の妻の名を記さない。一方、後世の関帝信仰では関羽の夫人を胡氏とし、「関娘娘」として祀る流れがある。関羽が旅立ったのち、夫人は中条山で薬草を採って暮らし、のちに薬の女神として祀られたという伝承、清代に解州で見つかった関羽の祖墓の碑記に関羽が胡氏を娶ったとあるという紹介、明の万暦年間(1614年)に皇后号が追贈されたという記述、山西博物院に伝わる明代の関娘娘の銅像などが知られる。これらは『花関索伝』とは別の系統の伝承である。
主な出典
『花関索伝』前集・後集(明・成化年間刊の説唱詞話)。井上泰山ほか『花関索伝の研究』(汲古書院、1989年)に訳注がある。関帝信仰側の伝承は『関帝志』『関氏家譜』、山西博物院所蔵の明・万暦年間の関娘娘像(2021年の関公文化展で公開)など
SOUL ALIGNMENT
人物像の分類:秩序・中立
家の決まりを守って実家に身を寄せ、礼を重んじて嫁たちの挨拶を受ける姿から、規律は秩序寄りとしています。
息子を育て、夫を探し、家族のつながりを取り戻すことが行動の中心にあります。家のために動く面を中心に置き、動機は中立としています。
このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。