CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇
羊徽瑜
控えめに、家と人を静かに支えた賢夫人
羊徽瑜は、泰山郡南城県の人で、羊衜の娘、羊祜の姉です。のちに司馬師の継室となりました。夫妻に実子はなく、司馬昭の子の司馬攸が司馬師の後継ぎとなったと伝わります。司馬師の死後はその家を守り、晋が興ると景献皇后として尊ばれました。史書は、外戚として権勢を振るおうとしなかった、慎み深い人柄を伝えます。咸寧4年(278年)に亡くなったとされます。経歴は『晋書』后妃伝 景献羊皇后伝をもとにしています。
羊祜の姉で、司馬師の夫人。晋が興ると景献皇后として尊ばれた。
THE WAY OF LIFE
羊徽瑜の生き方
目立つ場には出ず、必要なときだけ静かに口を開く。羊徽瑜は、落ち着いた判断力と、思慮深い慎みを持つ人物像です。
大きな権勢の傍らにいても、おごらず引き際を心得ていた。信条と規律の高さと、挑戦の低さに、その控えめな賢さを重ねています。
持ち味と、その裏側
周囲を静かに見渡す観察力と、出過ぎずに支える慎み。一方で、自分の考えを表に出さないため、本心が伝わりにくいこともあります。
IN THE CHRONICLES
史実・物語の歩み(概略)
黄初2年(221年)〜咸寧4年(278年)
泰山郡南城県の人。羊衜の娘で、羊祜の姉。母は蔡邕の娘とされる。
- 羊衜の娘として生まれ、のちに司馬師の継室となった。弟の羊祜は、のち晋の重臣となる。
- 司馬師が亡くなったあとは、その家を守った。夫妻に実子はなく、司馬昭の子の司馬攸が司馬師の後継ぎとなったと伝わる。
- 晋が興ると、景献皇后として尊ばれた。史書は、外戚として権勢を振るおうとしなかった慎み深い人柄を伝える。
- 咸寧4年(278年)に亡くなったとされる。
主な出典
『晋書』后妃伝 景献羊皇后伝
SOUL ALIGNMENT
人物像の分類:秩序・善
家の格式と立場の筋を守って動く姿から、規律は秩序寄りとしています。
家と身内の安泰を第一に考える姿から、動機は利他寄りに置いています。
このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。