CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇
索員外
迷子の童を拾い、約束どおり道士に託した養父
索員外は、『花関索伝』に語られる、関索の養父です。元宵節の夜に迷子になった七歳の関索を拾って育て、道士の花岳との約束どおり、九歳で弟子に出しました。花関索の名の最後の一字「索」は、この人の姓から取られています。史書に記録のない物語の人物で、
元宵節の夜、灯籠見物の人混みで迷子になった七歳の童を拾い、索家荘でわが子として育てた富裕な郷紳。道士の花岳に「息子を一人、弟子に出す」と約束していたため、拾い子が九歳になると山へ預けた。十八歳で戻った若者に実の父が関羽だと告げ、母のいる胡家荘まで付き添った。花関索の名の「索」は、この養父の姓である。
THE WAY OF LIFE
索員外の生き方
拾った子を、自分の子として育てる。そして、交わした約束は、わが子を手放すことになっても守る。索員外は、情の深さと律儀さが同居する人物像です。
名を残す場面は少なく、物語の脇に立つ人です。けれど、この人がいなければ関索は山にも登らず、花関索の名も生まれませんでした。
持ち味と、その裏側
困っている相手を、理由を問わずに受け入れる懐の深さと、口にした約束を違えない誠実さ。一方で、自分より約束や周囲を優先しがちで、手放したあとの寂しさを人に言わない面があります。たまには自分の気持ちを先に数えてもよいはずです。
IN THE CHRONICLES
史実・物語の歩み(概略)
生没年不詳(物語の人物)
『花関索伝』に語られる富裕な郷紳。姓は索。住まいは索家荘。「員外」は、もとは官職名(員外郎)だが、宋元以降の語り物では、官に就かない富裕な人への呼び名として使われる。
- 関羽の妻・胡氏が実家で産んだ男の子は、七歳の元宵節の夜、灯籠見物の人混みで迷子になった。索員外がこの童を拾い、索家荘でわが子として育てた。童は索童と呼ばれた(『花関索伝』前集)。
- 索員外は以前から、道士の花岳と「息子を一人、出家させて弟子に差し出す」と約束していた。拾い子が九歳になると、約束どおり花岳に預けた(同)。
- 山で兵法と武芸を学んだ索童は、十八歳のある日、師に両親のことを尋ねて索家荘へ帰るよう教えられる。迎えた索員外は「お前の本当の父は、劉備という仁者に仕える関雲長という漢だ」と告げ、若者を母のいる胡家荘まで連れて行った。若者は「花」「関」「索」の三家から一字ずつ取って、花関索と名乗った(同)。
- 花関索はこのあと、母の胡金定とともに父を探す旅に出る。索員外のその後は、底本に詳しく語られていない。
- 正史『三国志』にも『三国志演義』にも、この人物に当たる記録はない。関索の名の由来を三人の名で説明する話は、『花関索伝』に特有のものである。
主な出典
『花関索伝』前集(明・成化年間刊の説唱詞話。1967年に上海近郊・嘉定の明代墓から出土)。井上泰山ほか『花関索伝の研究』(汲古書院、1989年)に訳注がある
SOUL ALIGNMENT
人物像の分類:秩序・善
道士との約束を、年月を経ても違えずに果たした姿を重く見て、規律は秩序寄りとしています。
身寄りの知れない童を拾って育て、約束した相手にも誠実に応じた姿から、動機は他者寄り(善)の側に置いています。見返りを求める描写はありません。
このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。