三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

管寧

官に仕えず、学問と礼譲を伝えた隠者

管寧は、後漢末の戦乱を逃れて遼東に渡り、そこで学問と礼譲を人々に伝えた人物です。曹魏の朝廷から何度も招かれましたが、官職には就かず、生涯を在野で過ごしました。史料の中心は『三国志』魏書巻11の伝と裴松之注で、「割席」など後世の逸話は史実とは分けて扱います。

後漢末に生まれ、遼東で学問を講じ、魏の招聘にも応じず、241年に84歳で没した隠者。

THE WAY OF LIFE

管寧の生き方

乱世から逃れて遼東に渡った管寧は、招きに応じて官につく道を選ばず、自らの暮らしを守り続けました。主を探すのではなく、人々に学問と礼を伝える場を築いた人物像です。

井戸の争いを防ぐために水を用意しておいた話や、畑を荒らされた牛を世話した話は、裴注『高士伝』に伝わる人柄の逸話です。史実の評価とは分けて、人柄を伝えるものとして扱います。

持ち味と、その裏側

一度決めた生き方を曲げない一貫性と、人に学問や礼を伝える誠実さ。一方で、招きに応じないことは周囲との距離にもつながり、理解されにくい面もあったと考えられます。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

生年158年頃(推定)〜241年(正始2年)

字は幼安。青州北海郡朱虚県の人。管仲の子孫とされる(裴注『傅子』)。

  1. 後漢末の戦乱を避け、華歆や邴原らとの交友を経て、邴原や王烈らとともに遼東へ渡った(本文)。
  2. 公孫度は管寧を丁重に迎えようとしたが、管寧は面会の後、山谷に庵を結んで暮らした(本文)。
  3. 公孫度と会った際も経書の話だけをし、政治は語らなかった(裴注『傅子』)。
  4. 遼東では避難民が集まり、『詩経』『書経』を講じた。礼譲を重んじる共同体ができたと伝わる(裴注『傅子』)。
  5. 曹操が司空だった時代に招かれたが、公孫康が知らせを本人に伝えなかったと記される(本文)。管寧が断ったわけではない。
  6. 黄初4年(223年)、司徒の華歆の推薦を受け、家族と海路で故郷へ帰った。公孫恭は見送りの贈り物を渡した(本文)。
  7. 帰郷の理由として『傅子』は、公孫氏の後継問題から争乱が起きると見たことを挙げる(裴注『傅子』)。
  8. 帰郷後、曹丕・曹叡の朝廷から太中大夫や光禄勲に任じられたが、いずれも辞退した(本文)。「黄初から青龍まで、招命が相次いだ」と記される。
  9. 遼東には37年いたとされる(裴注『傅子』)。渡航と帰還の正確な年は本文に明記がなく、推定にとどまる。
  10. 晩年、青州刺史の程喜が生活を調べ、老齢による謙退であり、名声のための辞退ではないと報告した(本文)。
  11. 『高士伝』(裴注)には、井戸の争いを防ぐ話や、他人の牛を世話した話が伝わる。人柄を伝える逸話として扱う。
  12. 241年、陶丘一らの推薦を受けて朝廷が迎えようとしたが、その時に84歳で亡くなった(本文)。死因の記録はない。
  13. 後世の扱い:「割席」は『世説新語』に、華歆と学んだ際の金や高官の車をめぐる話として伝わる。『三国志』の本文や裴注には見えない。『三国志演義』第66回では、華歆との対比を強めた創作として描かれる。

主な出典
『三国志』魏書 巻11 管寧伝(裴松之注:『傅子』『高士伝』)。割席の逸話は『世説新語』、『三国志演義』第66回。

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:秩序・善

官職に頼らず、学問と礼譲で地域の秩序を保とうとした姿から、規律は秩序寄りに置いています。

戦乱の中で避難民に学問と礼譲を教え、近隣の争いを防いだと伝わる行動を重く見て、動機は利他寄りに置いています。仕官を断った理由は、老病と本人の選択として記録されています。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

診断結果の保存・共有

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。