三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

留賛

髪を振り乱して天に叫び、歌ってから戦った呉の老将

留賛は、戦に臨むたびに髪を振り乱して天に叫び、声を張り上げて歌い、兵たちに唱和させてから攻めかかった呉の将です。若いころの戦傷で曲がったままの足を、自ら刀で筋を断って伸ばし、将としての道を切り開きました。東興の戦いでは前部の一人として駆けつけ、雪の中で奇襲した丁奉に続いて魏軍を大破し、73歳で戦場に散りました。経歴は『三国志』孫峻伝の注に引かれた『呉書』などをもとにしています。

会稽長山の人で、字は正明。郡の役人のとき黄巾の賊将・呉桓を自ら斬ったが、片足を傷めて伸ばせなくなった。のち自ら足の筋を断って足を伸ばし、凌統の推挙で孫権に仕えた。直言をはばからず、孫権にも一目置かれた。252年の東興の戦いで、丁奉の奇襲に続いて魏軍を大破し、左将軍となった。255年、病をおして出陣した帰路、魏の蔣班に追撃されて戦死した。

THE WAY OF LIFE

留賛の生き方

「天下は乱れ、英雄が並び立っている。このまま路地に埋もれていては、生きても死んでも同じだ」。そう言って自ら刀を取った人です。痛みより、何もできないことのほうを恐れた。

戦の前には必ず髪を振り乱して天に叫び、歌い、兵が声を合わせ終えてから攻めかかった。それは迷信ではなく、兵の心をひとつにする彼なりの作法だったのかもしれません。

持ち味と、その裏側

恐れずに先陣を切り、声と歌で兵の心をひとつにまとめる力。直言をためらわない強さもある。一方で、病を押してでも戦場に立とうとする激しさが、最後には命取りになった。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

183年〜255年(享年73)

揚州会稽郡長山県の人。字は正明。

  1. 若いころ郡の役人となり、黄巾の賊将・呉桓と戦って自ら斬った。このとき片足を傷め、曲がったまま伸ばせなくなった。
  2. 兵書や史書を好み、昔の名将の戦いを読んではひとり嘆いた。「天下が乱れているのに、路地に埋もれていては生きても死んでも同じだ。足を割いて、死ななければまた用いられるだろう」と言い、親族が止めるのも聞かず、刀で自ら足の筋を断った。血があふれて長く気を失ったが、家人が足を引き伸ばし、傷が癒えるとゆっくり歩けるようになった。
  3. その名を聞いた凌統が会って感心し、孫権に推挙した。戦功を重ねて屯騎校尉となり、時事の得失についてたびたび直言したので、孫権も一目置いた。
  4. 建興元年(252年)、諸葛恪が東興に堤を築くと、魏は7万の兵で攻め寄せた。留賛は呂拠・唐咨・丁奉とともに前部として向かった。先行した丁奉が三千の兵に鎧を脱がせ、雪の中を兜と刀と盾だけで堤に斬り込むと、酒を飲みながら笑って見ていた魏の前陣は崩れた。そこへ留賛・呂拠らの軍が到着して追い討ちをかけ、魏軍を大破した。留賛はこの功で左将軍となった。
  5. 『呉書』は、留賛が戦に臨むたびに、必ず髪を振り乱して天に叫び、声を張り上げて歌い、左右がこれに唱和し終えてから攻めかかったと記し、「戦えば勝たないことはなかった」と伝える。
  6. 五鳳2年(255年)、孫峻の寿春出兵に左護軍として加わったが、途中で病が重くなり、先に引き返した。魏の蔣班が歩騎4千で追撃してきたが、留賛は陣を整えることもできなかった。負けを悟った留賛は、将軍の印綬を甥に託し、「ともに死んでも国の益にならず、敵を喜ばせるだけだ。早く行け」と逃がした。甥が拒むと、刀を抜いて追い立てたという。
  7. 最期に「私の戦には決まった作法があった。今こうして病に倒れたのも、天命だ」と嘆き、73歳で戦死した。呉の人々はみな、その死を惜しんだ。元の郝経は、自ら足の筋を断った留賛の勇を、関羽の骨を削る話になぞらえ「万人敵」と称えた。

主な出典
『三国志』呉書「孫峻伝」注引『呉書』、同「諸葛恪伝」。経歴は Wikipedia「留賛」の記述も参照しています。

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:中立・善

戦の前に歌うという独自の作法を持ちながら、主君への直言や軍の務めを最後まで守ったことから、規律は中立に置いています。

立身を望んで自ら足の筋を断った一方、最期には「ともに死んでも国の益にならない」と身内を逃がしました。自分の志と国への思いが重なる人として、動機はやや利他寄りに置いています。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

診断結果の保存・共有

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。