CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇
王異
守るもののために、飾りも手放せる人
王異は、涼州漢陽郡の人で、趙昂の妻です。建安18年(213年)、馬超が冀城を襲うと、弓籠手を着けて応戦し、装飾品や衣服を兵士に分けて士気を高めたと伝わります。城主の韋康が降伏を考えると、夫の趙昂に「節義を全うしてから死にましょう」と励ました、とも伝わります。建安19年(214年)には、趙昂らとともに祁山に籠城しました。張郃の救援で包囲は解けましたが、人質になっていた子の趙月は馬超に殺されました。経歴は『三国志』魏書 楊阜伝の注(『列女伝』)をもとにしています。
趙昂の妻。馬超の反乱の際、弓籠手を着けて応戦し、持ち物を兵に与えて冀城を支えた女性。
THE WAY OF LIFE
王異の生き方
守るべきものがあれば、自分の飾りも惜しまない。王異は、芯の強さと、迷いなく動く胆力を持つ人物像です。
夫に「節義を全うしましょう」と励ました。信条と規律の高さに、その揺るがなさを重ねています。
持ち味と、その裏側
守ると決めたものを最後まで貫く覚悟と、仲間を奮い立たせる行動力。一方で、背負いすぎやすいため、自分の限界を知り、頼れる相手を持つことも大切です。
IN THE CHRONICLES
史実・物語の歩み(概略)
生没年不詳(後漢末〜魏)
涼州漢陽郡の人。夫は趙昂。
- 涼州漢陽郡の人で、趙昂の妻。
- 建安18年(213年)、馬超が冀城を襲うと、弓籠手を着けて応戦し、装飾品や衣服を兵士に分けて士気を高めた。
- 城主の韋康が降伏を考えると、夫の趙昂に「節義を全うしてから死にましょう」と励ましたと伝わる。
- 建安19年(214年)、趙昂らとともに祁山に籠城した。張郃の救援で包囲は解けたが、人質になっていた子の趙月は馬超に殺された。
主な出典
『三国志』魏書 楊阜伝の注(『列女伝』)
SOUL ALIGNMENT
人物像の分類:秩序・善
任された役目と、立場の筋を守って動く姿から、規律は秩序寄りとしています。
夫と城、仲間を守る使命から動く姿から、動機は利他寄りに置いています。
このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。