三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

王栄

霊帝の寵愛を受け、のちの献帝・劉協を産んで毒殺された貴人

王栄は、趙国邯鄲県の人で、五官中郎将・王苞の孫娘です。良家の子女として後宮に選ばれ、貴人となり、霊帝の寵愛を受けて身ごもりました。気性の強い皇后・何氏を恐れて堕胎薬を飲みますが、胎は動かず、太陽を背負って歩く夢を見てからは、産む決心をします。181年に劉協(後の献帝)を産み、数日後に亡くなりました。何皇后に毒殺されたと伝わります。のち献帝は母を霊懐皇后と追尊し、文昭陵に改葬しました。経歴は『後漢書』皇后紀などをもとにしています。

趙国邯鄲県の人。祖父は五官中郎将の王苞、父は王章、兄は王斌。体つきは豊満で、容貌は美しく、聡明で書写と算数に通じていた。良家の子女として後宮に選ばれ、貴人となった。180年夏、霊帝の寵愛を受けて身ごもった。皇后の何氏は気性が強く嫉妬深く、後宮の誰もが恐れていたため、王栄は薬を飲んで胎児を堕とそうとしたが、胎は動かなかった。たびたび太陽を背負って歩く夢を見たことで、堕胎の考えを二度と持たなかった。181年3月1日、劉協(後の献帝)を産み、3月8日(4月9日)に亡くなった。何皇后に毒殺されたと伝わり、『続漢書』は、喉が渇いて粥を飲んで死んだと記す。189年、劉協が献帝となり、194年、王栄は霊懐皇后と追尊されて、文昭陵に改葬された。

THE WAY OF LIFE

王栄の生き方

堕胎薬を飲んだあと、太陽を背負って歩く夢をたびたび見て、堕胎の考えを二度と持たなかった。霊帝は後に、この子が幼くして母を失ったことを哀れみ、王栄を偲んで『追徳賦』と『令儀頌』を作った。

死後、何皇后を恨んだ霊帝は、皇后を廃そうとしたが、宦官たちが強く諫めて思いとどまった。劉協は掖庭に戻され、暴室嗇夫の朱直に養われ、一年余り後に董太后が自ら養った。

持ち味と、その裏側

聡明さと、書と算数の才。『続漢書』は「才明で聡敏、書を能くし会計ができた」と記す。史料は後宮での短い生涯を記すのみで、本人の言葉は残らず、人物像は、子の劉協(献帝)の運命を通して語られる。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

生年不詳〜181年(光和4年3月)

趙国邯鄲県の人。祖父は王苞、父は王章、兄は王斌。

  1. 生年不詳: 趙国邯鄲県に生まれる。五官中郎将の王苞の孫娘で、父の王章は貧しく仕官しなかった。
  2. 良家の子女として後宮に選ばれ、貴人となる。
  3. 180年夏: 霊帝の寵愛を受けて身ごもる。皇后の何氏を恐れて堕胎薬を飲んだが、胎は動かなかった。たびたび太陽を背負って歩く夢を見て、堕胎を二度と考えなかった。
  4. 181年3月1日: 劉協(後の献帝)を産む。
  5. 181年3月8日(4月9日): 何皇后に毒殺された。『続漢書』は、喉が渇いて粥を飲んで死んだと記し、『漢献帝春秋』は、劉協が生まれて十数日後に、何皇后が嫉妬から殺したと記す。霊帝は激怒して何皇后を廃そうとしたが、宦官たちに諫められて思いとどまった。
  6. 181年〜: 劉協は暴室嗇夫の朱直に養われ、一年余り後に董太后が自ら養った。3歳のとき、霊帝は、幼くして母を失ったことを哀れみ、王栄を偲んで『追徳賦』と『令儀頌』を作った。
  7. 189年: 劉協が帝位に就く(献帝)。のち献帝は王栄の兄の王斌を探し出し、屋敷と田畑を与えて奉車都尉に任じた。
  8. 194年: 献帝は王栄を霊懐皇后と追尊し、文昭陵に改葬した。

主な出典
『後漢書』皇后紀下、孝霊帝紀、孝献帝紀、『後漢紀』巻二十七、『続漢書』。経歴は Wikipedia「王栄」の記述も参照しています。

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:真なる中立

後宮の定めと皇后の権勢の中で動いた立場から、規律は中立に置いています。

皇后を恐れて堕胎を試みた点から、自分の身を守る動機が目立つが、それ以上の主体的な行動は記録されないため、動機は中立に置いています。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。