CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇
王元姫
筋道を重んじ、静かに時代を見ていた人
王元姫は、徐州東海郡の人で、王朗の孫、王粛の娘です。経書や礼に通じ、道理を重んじる人として知られました。司馬昭の妻となり、のちに晋の武帝となる司馬炎や司馬攸らを産みます。鍾会が蜀征伐の将になるとき、「利を見ると義を忘れ、寵愛が過ぎると背く人です」と司馬昭に警告したと伝わります。泰始4年(268年)に亡くなり、文明皇后と諡されました。経歴は『晋書』后妃伝をもとにしています。
王粛の娘で、司馬昭の妻。のち晋の初代皇帝となる司馬炎の母。
THE WAY OF LIFE
王元姫の生き方
損得より、筋の通ったことを大切にする。王元姫は、物事の道理を見抜く冷静さと、品のある落ち着きを持つ人物像です。
野心に走る人の危うさを、早くから見抜いた。信条と規律の高さに、その誠実さと慎重さを重ねています。
持ち味と、その裏側
物事の筋を見抜く冷静さと、品位を保つ誠実さ。一方で、慎重さゆえに表に出にくいため、考えを周囲に伝える機会を持つことも大切です。
IN THE CHRONICLES
史実・物語の歩み(概略)
建安22年(217年)〜泰始4年(268年)
徐州東海郡の人。王粛の娘で、王朗の孫。
- 王朗の孫で、王粛の娘。経書や礼に通じ、道理を重んじる人として知られた。
- 司馬昭の妻となり、司馬炎(のちの晋の武帝)、司馬攸らを産んだ。
- 鍾会が蜀征伐の将になるとき、「利を見ると義を忘れ、寵愛が過ぎると背く人です」と司馬昭に警告したと伝わる。
- 泰始4年(268年)、亡くなり、文明皇后と諡された。
主な出典
『晋書』后妃伝
SOUL ALIGNMENT
人物像の分類:秩序・善
礼法と道理を守って動く姿から、規律は秩序寄りとしています。
家族や国の行く末を思う姿から、動機は利他寄りに置いています。
このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。