三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

潘皇后

奴婢から皇后にのぼった、江東の絶色

潘皇后は、揚州会稽郡句章県の人で、名は潘淑とされ、孫権の晩年の皇后、孫亮の母です。父が罪を犯して処刑されたため、姉とともに奴婢として織室に配属されました。その美貌を孫権に見初められて後宮に召され、「江東の絶色」と称されたと伝わります。赤烏7年(244年)に孫亮を産み、太元元年(251年)に皇后となりました。姉の解放を願い出て実現させ、仏教への信仰も篤かったといいます。神鳳元年(252年)、孫権の看病の疲れで昏睡するなか、宮女たちに絞め殺されました。『三国志』は殺害の理由を書いておらず、諸説があります。経歴は『三国志』呉書 妃嬪伝をもとにしています。

孫権の晩年の皇后で、孫亮の母。罪人の娘として織室の奴婢となったが、その美貌が孫権の目にとまって寵愛を受け、皇后にのぼった。孫権の看病疲れのあと、宮女たちに絞め殺された。

THE WAY OF LIFE

潘皇后の生き方

美しさと存在感で、人の心を引き寄せる。潘皇后は、際立つ表現力と、地位を掴みとる挑戦心を併せ持つ人物像です。

身一つで上りつめた。表現と挑戦の高さと、統率と信条の低さに、その華やかさと、足元の危うさを重ねています。

持ち味と、その裏側

人を引きつける華やかさと、皇后の座まで上りつめた挑戦心。一方で、嫉妬深さや、周りの宮女への厳しさが恨みを買い、孫権という後ろ盾を失ったあと、その身を守ることができませんでした。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

?年〜神鳳元年(252年)

揚州会稽郡句章県の人。下級役人の次女。父が罪で処刑され、姉とともに奴婢となった。名は潘淑とされる。

  1. 揚州会稽郡句章県の人。父が罪を犯して処刑されたため、姉とともに連座し、奴婢として織室に配属された。
  2. その美貌を孫権に見初められ、織室から後宮に召された。「神女」「江東の絶色」と称されたと伝わる。
  3. 赤烏7年(244年)、孫亮を産んだ。龍の頭を授かる夢を見た、という伝説が残る。
  4. 赤烏13年(250年)、孫亮が皇太子に立てられ、太元元年(251年)5月に、皇后となった。この慶事で、改元と大赦が行われた。
  5. 政治への関心もあり、「前漢の呂后が政を執った経緯を知りたい」と人に尋ねさせた、と伝わる。嫉妬心が強く、ほかの妃を中傷したともいう。
  6. 一方で、姉の解放を願い出て、実現させた。仏教への信仰も篤く、武昌に恵宝寺を建てたとされる。
  7. 神鳳元年(252年)2月、孫権の看病の疲れで病に伏し、昏睡のなか、宮女たちに絞め殺された。急病で死んだことにされたが、のち露見し、関与した六、七人が死刑になった。
  8. 『三国志』は、殺害の理由を書いていない。宮女への苛烈な扱いが恨まれた、権臣による政治的な暗殺だった、など諸説がある。孫亮は、258年に廃位された。

主な出典
『三国志』呉書 妃嬪伝(孫権潘夫人)、『建康実録』『資治通鑑』

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:混沌・中立

決まりより、自分の立場と感情で動いたと伝わる姿から、規律は裁量寄りとしています。

自分の栄達を求める面と、姉を救うなど情のある面の両方が見えるため、動機は中間に置いています。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

診断結果の保存・共有

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。