三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

段熲

羌を討ち続け、後に宦官と結んだ将

段熲は、後漢末の涼州武威郡の出身で、西羌・東羌の討伐を長く担った将です。長矛・強弩・騎兵を組み合わせ、追撃を徹底したと記されます。一方で、病気の兵士を見舞い、自ら傷を包んだという記録もあります。後年は宦官王甫に近づき、179年に獄中で鴆毒を飲んで死にました。武功と政治的な責任を、どちらも隠さずに紹介します。

後漢の将。武威郡姑臧県の人で、字は紀明。護羌校尉・破羌将軍などを歴任し、西羌・東羌の討伐を指揮した。179年、宦官王甫の失脚に連座し、獄中で死去した。

THE WAY OF LIFE

段熲の生き方

病気の兵士を見舞い、自ら傷を包んだと『後漢書』は記す。部下への配慮の記録として、統率を高めに置いています。

張奐への報復を考えながら、張奐の嘆願の書簡を読んで思いとどまったとされる。強硬さだけでは説明できない行動として記録しています。

持ち味と、その裏側

追撃の徹底、長矛・強弩・騎兵を組み合わせた戦術、大規模な討伐の遂行。東羌戦の集計として、斬首38,600余級・軍費44億銭が記される(漢朝側の記録)。一方で、降伏者を辺境の郡県に混住させる政策に反対し、抵抗勢力を徹底的に討つ方針を取った。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

生年不詳〜179年(光和2年)。

涼州武威郡姑臧県の人。字は紀明。春秋の共叔段に由来する家系とされ、前漢の西域都護段会宗の従曾孫と記される。

  1. 孝廉に推挙され、憲陵園丞・陽陵令・遼東属国都尉などを歴任した(『後漢書』本文)。
  2. 鮮卑討伐で詔書を偽装して有罪となったが、刑を終えて議郎に復帰した(『後漢書』本文)。
  3. 156年、中郎将として東郭竇・公孫挙らを討伐し、列侯に封じられた(『後漢書』本文)。
  4. 159年、護羌校尉として焼当・焼何などの羌と戦った。160年には張掖方面から積石山まで40余日の追撃を行った(『後漢書』本文)。
  5. 161年、涼州刺史郭閎との対立で投獄されたが、後に疑いが晴れて163年に護羌校尉へ復帰した(『後漢書』本文)。
  6. 168年、東羌討伐で逢義山・奢延沢・霊武谷などで戦った。同年、張奐が恩恵による帰順を上奏したのに対し、段熲は降伏しても軍が去れば再び反乱すると反論した(『後漢書』本文)。
  7. 東羌戦の結末として、「凡百八十戰,斬三萬八千六百餘級」と集計される。軍費は44億銭。この集計は漢朝側の記録であり、生涯の完全な総計ではない(『後漢書』本文)。
  8. 司隷校尉のとき、張奐を敦煌へ追放して害そうとしたが、張奐の嘆願の書簡を読んで思いとどまったとされる(『後漢書』本文)。
  9. 宦官に迎合して王甫と結び、鄭颯・董騰らを不当に処刑したと記される(『後漢書』本文)。
  10. 179年、太尉から失脚し、宦官王甫の失脚に連座して獄中で鴆毒を飲んだ。家族は辺境へ流された(『後漢書』本文)。
  11. 『三国志』賈詡伝では、賈詡が段熲の外孫と偽って氐族から逃れたと記される。威名が死後も知られていたことを示す逸話(本文)。
  12. 裴松之注『呉書』では、并州刺史として若い董卓を公府に推薦したとされる。『傅子』では、金銭で三公の地位を得た一人として挙げられる(裴注)。
  13. 後世の評価:司馬光『資治通鑑』は、羌を殺戮で制圧する考え方を批判する(後世の評)。『後漢演義』では第五十六・五十七・五十九回に登場する(小説)。

主な出典
『後漢書』巻65 皇甫張段列伝(段熲伝)、『三国志』巻10 賈詡伝、『三国志』巻6 董卓伝の裴松之注(『呉書』『傅子』)、司馬光『資治通鑑』巻56(後世の評)、『後漢演義』(小説)

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:混沌・中立

鮮卑討伐で詔書を偽装して有罪となったこと、宦官との結託が記録されているため、規律は混沌寄りとしています。

対羌戦の功績と、宦官との結託・金銭による三公就任の記録が併存しています。主な動機を一方に決めることができないため、中立に置いています。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

診断結果の保存・共有

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。