三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

杜氏

関羽が望み、のち曹操の夫人となった秦朗の母

杜氏は、秦宜禄の妻で、秦朗の母です。下邳で呂布が滅んだ建安3年〜4年(198〜199年)のころ、関羽が曹操に求めた女性とされます。曹操は杜氏の美しさを知って、約束を破って側室にしたと伝わります。のち曹林・曹袞・金郷公主を産み、夫人に列せられました。本人の言葉を伝える記録は少なく、ここでは記録の少なさを踏まえた暫定の値を置いています。

秦宜禄の妻で、秦朗の母。下邳の戦いのとき、関羽が曹操に求めたとされるが、曹操が側室にした。曹林・曹袞・金郷公主を産み、夫人に列せられた。曹操の死後は、沛王太妃と称された。

THE WAY OF LIFE

杜氏の生き方

娘の金郷公主から夫の先行きを相談され、笑って答えたと伝わる。落ち着いた人物像ですが、記録は短いものです。

連れ子の秦朗は、曹操に可愛がられた。値は暫定のものです。

持ち味と、その裏側

曹操の夫人となり、連れ子の秦朗も可愛がられた立場。娘の相談相手として、落ち着いた受け答えをした逸話。ただし、本人の行動や考えを示す記録は少なく、持ち味は限られた範囲でしか分かりません。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

生年未詳〜249年以降(没年未詳)

秦宜禄の妻。連れ子に秦朗。曹操との間に曹林・曹袞・金郷公主。

  1. 夫の秦宜禄は呂布の配下だった。生年は伝わらない。『蜀記』は、並外れた美貌(異色)があったと記す。
  2. 秦宜禄は、呂布の使者として袁術のもとへ行き、袁術は、漢の宗室の娘を妻として与えた(『献帝伝』)。『華陽国志』は、救援を求めた先を張楊とする。杜氏は、息子の秦朗と下邳に残った。
  3. 曹操と劉備が下邳で呂布を囲んだとき、関羽が曹操に、杜氏を娶りたいと願い出た。『華陽国志』は、関羽の言葉を『妻に子がないので』と記す。曹操は一度許したが、城が落ちる前に、関羽は何度も重ねて願い出た。
  4. 曹操は、杜氏の美貌を疑って、先に人を遣わして見させ、そのまま自分のものとした(『蜀記』『献帝伝』)。関羽は、これで心が落ち着かなくなったとされる。
  5. 秦宜禄は、帰順して銍の長になった。のち劉備が小沛へ逃れたとき、張飛が、『人に妻を取られて、その部下の長になるとは』と誘った。秦宜禄は数里ついていったが、後悔して戻ろうとして、張飛に殺された(『魏氏春秋』)。
  6. 連れ子の秦朗は、母とともに曹操の宮中で育てられた。曹操は、客に『世に、連れ子を私のように愛する者がいるか』と言ったという(明帝紀の裴注)。杜氏は、曹操との間に曹林・曹袞・金郷公主を産み、夫人に列せられた(『三国志』武文世王公伝)。
  7. 曹操の死後は、曹林の母として沛王太妃と称された。青龍3年(235年)秋、曹袞が重い病になると、明帝は杜氏と曹林が見舞うことを許した(『続後漢書』)。
  8. 娘の金郷公主が、夫の何晏の先行きを案じて相談した。杜氏は笑って、『お前は何晏を妬んでいるのではないか』と答えた、と『魏末伝』が伝える。249年の高平陵の変より後も存命で、その後の消息は不明である。
  9. 『昭明文選』所引の『魏略』は、杜夫人が沛王豹(曹林)と高城公主を産んだと伝える。『三国志演義』には登場しない。

主な出典
『三国志』蜀書 関羽伝の裴注『蜀記』、魏書 明帝紀の裴注『献帝伝』『魏氏春秋』、魏書 武文世王公伝、桓範伝の裴注『魏末伝』、『華陽国志』、『昭明文選』所引『魏略』、日本語版Wikipediaの記述

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:真なる中立

規律を示す記録が乏しいため、中間に置いています。

本人の意志を伝える記録が乏しく、動機を一方に定められないため、中間に置いています。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

診断結果の保存・共有

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。