三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

杜夔

音の清濁に妥協せず、失われた雅楽をよみがえらせた魏の楽官

杜夔は、後漢末から魏にかけて活躍した音楽家で、字は公良です。霊帝の時代に雅楽郎となり、のち荊州の劉表に身を寄せ、劉琮が降伏すると曹操に仕えて雅楽の制作を任されました。乱で失われた古い楽を整えた人ですが、鐘職人の柴玉との争いが尾を引き、曹丕の代には罷免されて亡くなります。経歴は『三国志』魏書 方技伝などをもとにしています。

字は公良。河南の人。音律に通じるとして雅楽郎となったが、中平5年(188年)、病で官を去った。乱を避けて荊州へ逃れ、劉表のもとに身を寄せた。建安13年(208年)、劉琮が曹操に降伏すると、曹操は杜夔を軍謀祭酒に任じ、太楽をつかさどらせて雅楽をつくらせた。杜夔は経書を広く調べ、故事を集め、講習と楽器の設備を整えて、古い楽をよみがえらせた。魏の黄初年間には太楽令・協律都尉となった。しかし曹丕の不興を買い、官を免ぜられて、そのまま世を去った。陳寿は、その楽才を「玄妙の殊巧、非常の絶技」と評している。

THE WAY OF LIFE

杜夔の生き方

音の清濁を聴き分けることにかけて、人に譲らなかった。鐘職人に何度も鋳直しを命じ、恨まれても基準を曲げなかった。

主君が変わっても、乱で失われた古い楽を復興する役目は変わらなかった。曹操はその腕を認めたが、曹丕とは、音の好みも、仕事の流儀も合わなかった。

持ち味と、その裏側

音律を聴き分ける耳と、古い制度や故事を調べて形にする根気。糸竹から八音まで、ほとんどの楽器を扱えたと伝わる。弟子の邵登・張泰・桑馥らはのち太楽丞となった。一方で、雅楽の筋を曲げず、宴席での演奏を命じられたときも、人に教えるよう命じられたときも、難色を隠さなかった。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

生没年不詳(後漢末〜三国時代)

司隷河南尹河南県の人。字は公良。

  1. 音律に通じるとして雅楽郎に任じられたが、中平5年(188年)、病で官を去った。
  2. 州郡や司徒から招かれたが、世の乱れを理由に荊州へ逃れた。
  3. 荊州牧の劉表は、杜夔に孟曜とともに、天子のための雅楽を合奏するよう命じた。準備が整い、劉表が庭で見物しようとしたとき、杜夔は「天子のための演奏を自邸の庭で行うのは不適切です」と諫め、劉表は見物を取りやめた。
  4. 建安13年(208年)、劉琮が曹操に降伏すると、杜夔は軍謀祭酒に任じられ、太楽をつかさどって雅楽の制作にあたった。
  5. 鐘職人の柴玉に銅の鐘をつくらせたところ、音の清濁が基準に合わないとして、何度も鋳直しを命じた。柴玉は恨み、杜夔が基準を勝手に決めていると訴えた。曹操が柴玉の鐘を混ぜて試聴し、杜夔の判断のほうが正確だと確かめたため、柴玉は罰せられ、馬の世話をする役に回された。
  6. 黄初中期、杜夔は太楽令・協律都尉となった。しかし曹丕は柴玉を気に入っていた。さらにかつて、宴席で笙・鼓・琴の演奏を杜夔に命じたとき、杜夔が難色を示したことも不快に思っていた。
  7. のち曹丕は別の事にかこつけて杜夔の身柄を押さえ、左驒らを杜夔のもとで学ばせようとした。杜夔は「習うのは雅楽というが、楽官として仕えているからには基礎はあるはずだ」と教えるのに消極的で、なお不満を抱いていた。ついに官職を剥奪され、そのまま亡くなった。没年は記されていない。

主な出典
『三国志』魏書「方技伝」(杜夔伝)、『晋書』律暦志。経歴は Wikipedia「杜夔」の記述も参照しています。

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:秩序・中立

古い楽の規格や手順にこだわり、基準を曲げなかったことから、規律は秩序寄りに置いています。

音楽の道を守ることを軸に動いた人で、特定の主君への忠義より、技への誇りが前に出ているため、動機は中立に置いています。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。