三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

朱儁

黄巾を破り、孫堅を引き立てた、剛直な後漢の名将

朱儁は、字を公偉といい、揚州会稽郡上虞県の人です。幼くして父を亡くし、母の内職で育ち、孝行と義侠で知られました。光和元年(178年)に交州刺史に抜擢され、故郷で5千の兵を集めて交阯の乱を平定します。中平元年(184年)の黄巾の乱では、皇甫嵩とともに各地を転戦し、同郷の孫堅を従軍に召し出しました。董卓が専横を振るうと、遷都に反対し、太僕への任命も拒みます。董卓の死後は太尉・録尚書事となりましたが、李傕と郭汜の争いを仲裁しようとして郭汜に人質にされ、剛直な性格から怒りのあまり病を発して、興平2年(195年)に亡くなりました。経歴は『後漢書』朱儁列伝と『三国志』呉書 孫堅伝をもとにしています。

会稽郡上虞県の人。孝行と義侠で知られ、交阯の乱を鎮めた。黄巾の乱では、皇甫嵩とともに各地を転戦し、同郷の孫堅を引き立てた。董卓に逆らい、のちに李傕・郭汜の争いに巻き込まれて亡くなった。

THE WAY OF LIFE

朱儁の生き方

恩義を重んじ、困難があっても、まっすぐに進む。朱儁は、決断と信条、統率の高い人物像です。

立場の上下に左右されず、言うべきことを言う。決断・信条・統率の高さと、規律・表現の低さに、その剛直さと、口数の少なさを重ねています。

持ち味と、その裏側

孝行で義に厚く、乱戦でも兵をまとめる統率力。交阯の乱では、故郷で5千の兵を集めて、首謀者を斬って平定した。一方で、董卓や李傕に対して、剛直さを隠さなかったため、危うい立場に立ちました。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

?年〜興平2年(195年)

揚州会稽郡上虞県の人。字は公偉。幼くして父を亡くし、母の内職で育った。

  1. 孝行と義侠で知られ、財に執着しなかったと伝わる。
  2. 同郷の周規を助けるため、母の財産を無断で持ち出したが、「小さな損が、のちの大きな益になる」と答えたという。
  3. 太守の尹端が死罪の危機に陥ると、ひそかに都へ上り、賄賂を贈って上奏文を書き改めさせ、減刑に成功した。
  4. 孝廉に推挙されて蘭陵の令となり、光和元年(178年)、交州刺史に抜擢された。故郷で5千の兵を集めて、交阯の乱の首謀者の梁龍を斬り、乱を平定した。
  5. 中平元年(184年)、黄巾の乱が起こると、右中郎将として、皇甫嵩とともに各地を転戦した。同郷の孫堅を従軍に召し出した。潁川や宛で、趙弘・韓忠らを破り、車騎将軍に進んだ。
  6. 董卓が専横を振るうと、遷都に反対し、太僕への任命も拒んだ。反董卓の勢力と連絡を取り、のちに荊州へ逃れた。
  7. 董卓の死後、太尉・録尚書事となった。のちに、李傕と郭汜の争いを仲裁しようとして、郭汜に人質にされた。剛直な性格から、怒りのあまり病を発して、興平2年(195年)に亡くなった。

主な出典
『後漢書』朱儁列伝、『三国志』呉書 孫破虜討逆伝(孫堅)

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:混沌・善

官の命令には従いつつ、必要なら朝廷の方針にも逆らった姿から、規律は裁量寄りとしています。

恩人を助け、困窮する者に財を分けた若い頃の逸話から、動機は他者寄りに置いています。国の乱を鎮める働きも、その延長にあります。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

診断結果の保存・共有

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。