三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

← 武将図鑑

CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

曹芳

幼くして即位し、司馬師に廃された皇帝

曹芳は、魏の第3代皇帝です。明帝曹叡の養子として幼くして即位し、曹爽と司馬懿に補佐され、のち司馬師に廃されて斉王となりました。実の父母は史書に分からず、即位も廃位も本人が選んだものではありません。ここでの人物像は、記録からの読みで、廃位の理由として並ぶ非難は、廃した側の記録であることを分けて書いています。

明帝曹叡の養子。幼くして即位し、曹爽と司馬懿に補佐されたが、嘉平6年(254年)、司馬師に廃されて斉王となった。

THE WAY OF LIFE

曹芳の生き方

本人が選んだ立場ではなかった。実の親は本文では分からず、明帝の養子として育てられ、幼くして皇帝になった。決断や挑戦が低めなのは、自分で動かせる場面が記録にほとんどないことに基づく読みです。

在位中には、『論語』『尚書』『礼記』の学習の修了や、民の負担を軽くする詔が記録されている。ただし詔は朝廷の名義で出されたもので、本人の発案かどうかは分かりません。

持ち味と、その裏側

学問を進め、民の負担をいたわる詔を残した。一方で、廃位を求めた側は遊興や諫言への乱暴を挙げる。どちらも同じ重さで扱え、どちらも本人の人格をそのまま示すとは言い切れない人物でもあります。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

232年ごろ〜泰始10年(274年)

明帝曹叡の養子。実の父母は不明。字は蘭卿。

  1. 字は蘭卿。本文は「明帝に子がなく、王(芳)と秦王詢を養った。宮中の事は秘せられ、その由来を知る者はなかった」と記し、実の父母は分からない。裴松之注に引く『魏氏春秋』は、「或いは任城王楷の子という」とする。これは異説で、確定した父ではない。
  2. 景初3年(239年)正月、明帝が重病となり、曹芳は皇太子に立てられ、同日に即位した。大将軍の曹爽と太尉の司馬懿が補佐した(本文)。即位時の年齢は本文にない。注に引く『魏世譜』が没年の年齢を43歳とするので、逆算すると8歳ごろになる。
  3. 最初の詔には、宮殿造営の中止や、高齢の官奴婢を良民にする命令が記される(本文)。幼い皇帝の名義で出された詔で、曹芳本人の発案かどうかは分からない。
  4. 在位中の本文には、239年7月に初めて朝廷に臨んだこと、正始2年(241年)に『論語』の学習を終えて孔子を祭ったこと、正始4年(243年)の元服、正始5年に『尚書』、正始7年に『礼記』の講義を終えたことが並ぶ。
  5. 正始7年(246年)の詔は、道路の整備で老人や子どもまで鞭打って働かせることを戒め、通行できれば十分だとする。裴松之は、239年に高齢の官奴婢を解く詔があったのに、246年にも同じような人々が売られていることを疑問としている。詔の理想と実際の運用は別だった、ということになる。
  6. 嘉平元年(249年)正月、曹芳が高平陵に参詣している間に、司馬懿が曹爽らの官職を免じるよう奏し、曹爽一派は処罰された(本文)。本文は、曹芳がこの政変を計画した、あるいは司馬懿と共謀したとは書いていない。
  7. 嘉平6年(254年)、中書令の李豊が皇后の父の張緝らと、大臣の交替を企てたが、発覚して処刑された。曹芳の張皇后は廃された(本文)。本文は、曹芳が首謀者だったとは書いていない。
  8. 本文に載る皇太后の令は、曹芳が年長じても政務を親らせず、内寵に溺れ、日々芸人を呼んで醜い戯れを縦にした、と非難し、斉国へ戻すよう命じる。ただし本文は、その直前に「大将軍司馬景王(師)が帝を廃そうと謀った」とも記している。これは廃位を求めた側が掲げた理由で、曹芳の行いが独立に立証されたものではない。
  9. 裴松之注に引く『魏書』は、司馬師と群臣の協議を詳しく記し、曹芳が芸人と遊び、諫めた令狐景らに乱暴をしたといった、さらに具体的な非難を並べる。司馬師が涙を流して令を示し、群臣が伊尹・霍光の故事を挙げて廃位を支持した、とも描く。廃位を正当化する文書の性格が強い記録である。
  10. 同じく注に引く『魏略』は、司馬師が郭芝を皇太后のもとへ遣わして廃位を告げさせ、軍も配置していると伝えたこと、皇太后が司馬師に会いたいと言っても許されず、最後は璽綬を渡したことを記す。曹芳は斉王の車に乗り、皇太后と別れて涙を流し、司馬孚も悲しみ、多くの群臣が涙したという。本文が皇太后の令として記す形と、『魏略』が伝える軍事的な圧力とが、同じ事件の二つの面として残っている。
  11. 『世語』『魏氏春秋』は、側近の許允らが司馬昭を殺そうとしたので司馬師が廃位を決めた、と伝える。しかし裴松之は、許允はその年の春に李豊事件の余波で失脚し、流刑の途中で殺されており、秋に計画へ加われるはずがないと、年代の矛盾を指摘している。
  12. 廃位されたとき、曹芳は23歳と本文に記され、斉王として別宮に移された。晋の受禅後は邵陵県公となり、泰始10年(274年)に43歳で亡くなり、諡は厲公(注に引く『魏世譜』)。
  13. 陳寿の評は、曹芳の性格を論じず、明帝が適切な後継者を選ばず、幼い子を養って皇位を継がせ、補佐の権限を整理しなかったことを問題とし、それが曹爽一族の滅亡と曹芳の廃位につながったと述べる(本文)。

主な出典
『三国志』魏書 三少帝紀(本文、および裴松之注に引く『魏氏春秋』『魏書』『魏略』『世語』『魏世譜』)

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:真なる中立

本人の行いと、朝廷や補佐役の名義が混ざっており、規律は中間としています。

皇帝としての行いは、補佐役や朝廷の名義で出された詔が多く、本人の意思と切り分けられません。そのため、動機は中間に置いています。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

診断結果の保存・共有

画像を長押し、または「PNGを保存」から保存できます。

診断結果の保存用カード
PNGを保存 ↓

「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。