三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

← 武将図鑑

CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

曹沖

幼くして知恵で人を救い、早世した子

曹沖は、字を倉舒といい、象の重さを量る方法を考えた逸話で知られる、曹操の子です。罪を恐れる役人のために策を立て、前後数十人を取りなして救ったと記されています。建安13年(208年)、十三歳で亡くなり、曹操は深く哀しみました。ここでは、知恵を人のために使った姿と、その短い生涯を、性格を読み解く手がかりとしています。

曹操の子で、字は倉舒。象の重さを量った話などで知られ、罪に問われた人を取りなして救ったと伝わる。建安13年(208年)、十三歳で病没した。

THE WAY OF LIFE

曹沖の生き方

幼い頃から物事の筋を見抜き、困った人の側に立って知恵を使った。曹沖は、聡明さと、人を思う心を併せ持つ人物像です。

罰を恐れる役人のために、策を立てて曹操の怒りをやわらげた。構想と動機の高さに、その知恵と優しさを重ねています。

持ち味と、その裏側

物事を筋道立てて考える知恵と、人の罪を取りなそうとする優しさ。一方で、自分が前に立って人を率いる経験は少なかったため、仲間とともに動く機会を重ねることも大切です。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

生年不詳〜建安13年(208年)

曹操の子。母は環夫人。字は倉舒。

  1. 曹操の子。字は倉舒。母は環夫人。幼い頃から聡明で、五、六歳のときには、考え方が成人のようだったと記される。
  2. 孫権が巨大な象を贈ってきた。曹操はその重さを知りたがったが、群臣は誰も方法を思いつかなかった。沖は「象を大きな船に載せ、水の来た所に印を刻む。次に物を載せて、同じ所まで沈めれば、重さが分かる」と言い、曹操は大いに喜んで実行した。
  3. 軍国の事が多く、刑罰は重かった。曹操の馬の鞍が倉庫で鼠にかじられ、庫吏は死罪を恐れた。沖は「三日待ってから自首せよ」と言い、刀で単衣に鼠がかじったような穴を開け、憂い顔で曹操の前に出た。理由を問われると「世俗では、鼠が衣をかじると主人に不吉が起きると言うので」と答えた。曹操は「それは妄言だ」と言った。やがて庫吏が鞍の件を報告すると、曹操は笑い、「子どもの衣でさえ、側でかじられた。まして柱にかけた鞍ならなおさらだ」と、何も問わなかった。
  4. 罪に当たる者を、沖がひそかに取りなして救ったのは、前後数十人に及んだ。裴松之注に引く『魏書』は、沖は刑を受ける者を見るたび、その冤罪の事情を探り、勤労の吏が過ちで罪に触れたときも、曹操に寛大な処分を勧めた、と記す。
  5. 曹操はたびたび群臣の前で沖を称え、後を伝える意があったという。建安13年(208年)、沖は十三歳で病になり、曹操は自ら命を請うたが、亡くなった。曹操は深く哀しみ、慰める文帝(曹丕)に「これは私の不幸で、お前たちの幸いだ」と言った。
  6. 裴松之注に引く『魏略』は、のちに文帝が「家兄は孝廉だったが、それは分に応じたこと。もし倉舒が生きていたら、私は天下を持たなかっただろう」と言った、と記す(「家兄」は曹昂とみられる)。同じ箇所の注で、孫盛は、嫡長を立てるのに賢で決めないのが『春秋』の義だとして、曹操の言葉を批判している。
  7. 曹操は、亡くなった甄氏の娘を迎えて沖と合葬し、騎都尉の印綬を贈り、宛侯據の子・琮に後を継がせた。黄初2年(221年)に鄧哀侯、のち公、太和5年(231年)に鄧哀王と追号された。

主な出典
『三国志』魏書 武文世王公伝(鄧哀王沖の項と、裴松之注に引く『魏書』『魏略』、孫盛の評)

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:中立・善

罰の重い軍国の中で、役人の過ちを取りなした姿から、規律は中間に置いています。

罪に問われた人を取りなして救った記録が前後数十に及ぶことから、動機は利他寄りに置いています。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

診断結果の保存・共有

画像を長押し、または「PNGを保存」から保存できます。

診断結果の保存用カード
PNGを保存 ↓

「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。