三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

曹昂

弱冠で孝廉に挙げられ、父の南征に散った人

曹昂は、曹操の子として生まれ、弱冠で孝廉に挙げられた人物です。史書に残るのは、曹操の南征に従って張繡に殺されたことと、没後に追封された経過など、わずかな記録です。ここでの人物像は、孝廉という経歴から重ねた読みで、本人が何を選んだかではなく、残された記録の少なさを手がかりとしています。

曹操の子で、字は子脩。弱冠で孝廉に挙げられ、曹操の南征に従って、張繡に殺された。

THE WAY OF LIFE

曹昂の生き方

史書に人柄の記述は少ない。孝廉に挙げられた経歴と、父の戦に従った事実から、きまじめな青年の姿を重ねた人物像です。

孝廉は、親孝行で清廉な人物として推薦される制度だった。その経歴を手がかりに、規律の高さを重ねています。

持ち味と、その裏側

推薦を受けるにふさわしい、きまじめさと責任感。一方で、記録が少ないため、本人が何を選んだかは分からず、周囲の評価に頼って読む人物でもあります。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

生年不詳〜建安2年(197年)ごろ

曹操の子。母は劉夫人。字は子脩。

  1. 曹操の子。字は子脩。母は劉夫人で、弟に相殤王鑠がいる。弱冠(二十歳前後)で孝廉に挙げられた。
  2. 曹操の南征に従い、建安2年(197年)正月、宛での張繡との戦いで殺された。子はなかった。『三国志』武帝紀(本文)は、張繡が降ったのち反し、曹操は敗れて流れ矢に当たり、長子の昂と甥の安民が殺されたと記す。馬の話は本文にはない。
  3. 裴松之注に引く王沈『魏書』は、曹操の乗馬「絶影」が流れ矢に当たり、頬と脚を傷つけ、曹操の右腕にも当たったと記す。同じく注に引く郭頒『世語』は、「昂は騎ること能わず、馬を公に進め、公は故に免れ、昂は遇害す」と記す。つまり、昂が馬を差し出して曹操が逃れ、昂は殺された、という筋である。
  4. この二つは別の書の記述で、「傷ついた絶影を昂が譲った」とつなげて書くことはできない。なぜ昂が騎れなかったのか、どの馬だったのか、差し出したのか奪われたのかは、引かれた文からは分からない。典韋伝(本文)は同じ戦いで典韋が門を守って戦死したと記すが、昂の馬の話は載せていない。
  5. 黄初2年(221年)、豊悼公と追封された。3年、樊安公均の子・琬が昂の後を継ぎ、中都公に封じられ、同じ年、長子公に移った。5年には、豊悼王の号が加えられた。
  6. 太和3年(229年)、昂の諡が「愍」に改められた。嘉平6年(254年)、琬が豊王の爵を継ぎ、正元・景元の間にたびたび邑を加えられ、合わせて二千七百戸を領した。琬の没後、諡は恭王、子の廉が継いだ。

主な出典
『三国志』魏書 武文世王公伝(豊愍王昂の項)、武帝紀(裴松之注に引く王沈『魏書』・郭頒『世語』を含む)、典韋伝

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:秩序・中立

孝廉に挙げられた経歴から、規律は秩序寄りとしています。

史書に残る記述が少ないため、動機は中間に置いています。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

診断結果の保存・共有

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。