三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

曹叡

床に届く長い髪を持つ、物静かな魏の二代皇帝

曹叡は、字を元仲といい、曹丕と甄氏の子で、魏の第2代皇帝です。父に疎まれて長く太子に立てられませんでしたが、226年に曹丕が病床につくと皇太子となり、すぐに即位しました。即位後は、亡き母の甄氏に皇后の位を追贈します。立つと髪が床に届くほど長かったと伝わり、吃音で口数は少なかったといいます。司馬懿を重く用いて、諸葛亮の北伐を退け、238年には公孫淵を討って遼東を平定しました。晩年は宮殿の造営を重ねて魏の財政が傾き、239年1月、曹爽と司馬懿に幼い曹芳を託して亡くなります。経歴は『三国志』魏書 明帝紀と『晋書』をもとにしています。

魏の第2代皇帝。曹丕と甄氏の子。諸葛亮の北伐や公孫淵の討伐を退けたが、晩年は宮殿の造営に力を入れ、239年に亡くなった。

THE WAY OF LIFE

曹叡の生き方

静かに座り、多くを語らない。曹叡は、鋭い構想力と、ためらわず断を下す決断力を併せ持つ人物像です。

言葉より、まなざしと采配で人を動かした。構想と決断の高さと、表現の低さに、その物静かさと威厳を重ねています。

持ち味と、その裏側

先を見通す構想力と、反対を押し切ってやり遂げる決断力。一方で、造営への傾きが財政を圧迫し、晩年は国力を削りました。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

206年(または204年)〜景初3年(239年)

豫州沛国譙県の人。字は元仲。曹丕の長子で、母は甄氏。

  1. 母は甄氏。父の曹丕に疎まれ、長く太子に立てられなかった。226年、曹丕が病床につくと皇太子となり、すぐに即位した。即位後、亡き母の甄氏に皇后の位を追贈した。
  2. 容貌は人並みはずれて優れ、「天姿秀出」と評された。立つと髪が床に届くほど長かったと伝わる。吃音のため、口数は少なかったという。
  3. 227年に孟達の反乱を司馬懿に任せて鎮め、以後も司馬懿を重く用いた。228年には諸葛亮の北伐を退け、231年にも司馬懿に迎撃させた。呉への攻めは敗れることもあった。
  4. 238年、群臣の反対を押し切って公孫淵の討伐を決め、司馬懿に全権を委ねて、遼東を平定した。
  5. 陳羣の死後は、宮殿の造営を重ねて、魏の財政は傾いたとされる。
  6. 狩りで、母鹿を射たあとに子鹿を射るのを拒み、「父上は、すでに母を殺してしまわれました。私はこの上、その子まで殺すのは忍びありません」と涙を流した、という話が伝わる。ただし、後世の創作とも指摘される。
  7. 239年1月、洛陽で病が重くなり、曹爽と司馬懿に、幼い曹芳の後見を託して亡くなった。享年35(異説あり)。
  8. 陳寿は、冷静で剛胆、決断力と見識を併せ持つと評した。一方で、『晋書』には、晩年の乱れた振る舞いが記されている。
  9. 『三国志演義』では、諸葛亮の北伐に対して司馬懿を起用する皇帝として描かれ、晩年は宮殿の造営に力を入れる。

主な出典
『三国志』魏書 明帝紀・同注引『魏略』『魏書』、『晋書』、『三国志演義』

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:真なる中立

諫言を受け入れる一方で、自分の判断で人事や造営を進めたため、規律は中間としています。

国を守る責任と、宮殿造営への執着の両方が見えるため、動機は中間に置いています。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

診断結果の保存・共有

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。