CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇
徐氏
夫の仇を計略で討った、孫翊の妻
徐氏は、孫権の弟・孫翊の妻で、名は伝わらず「徐氏」と呼ばれます。美貌と聡明さを備え、易占いにも通じていたと伝わります。建安9年(204年)、丹陽太守の孫翊は、酒癖が悪く、部下の媯覧らに命を狙われていました。県令たちの宴席の前に占うと大凶と出たため、夫を止めましたが、孫翊は聞かずに出かけて斬り殺されます。媯覧に結婚を迫られた徐氏は、「月の末に供養を済ませてから」と答えて時間を稼ぎ、夫の腹心の孫高・傅嬰に仇討ちを頼みました。月の末、身を整えて笑顔で媯覧を迎え、奥の部屋で待ち伏せた二人にこれを討たせます。経歴は『三国志』呉書 孫翊伝と『会稽典録』をもとにしています。
孫権の弟・孫翊の妻。夫が部下に殺されると、求婚を受け入れるふりで時間を稼ぎ、夫の側近の孫高・傅嬰とともに、仇の媯覧を討った。
THE WAY OF LIFE
徐氏の生き方
悲しみを隠し、機を待って動く。徐氏は、揺るがない信条と、冷静に仕組む計略の力を併せ持つ人物像です。
一人で立ち向かうのではなく、味方をつくって事を運んだ。信条の高さと、統率の低さに、その一途さと、自ら軍を率いない身の立場を重ねています。
持ち味と、その裏側
仇を討つという一念を曲げない芯の強さと、時間を稼ぎ、相手の油断を誘う計略。一方で、占いが凶と出ても夫を止められなかったように、自分では状況を変えられない立場にありました。
IN THE CHRONICLES
史実・物語の歩み(概略)
生没年不詳
呉の孫権の弟・孫翊の妻。『三国志』には、孫翊伝の注に引かれる『会稽典録』などにその行動が記される。名は伝わらず、「徐氏」と呼ばれる。
- 孫権の弟・孫翊の妻。美貌と聡明さを備え、易占いにも通じていたと伝わる。
- 建安9年(204年)、孫翊は丹陽太守だった。酒癖が悪く、酔うと部下を鞭で打つなど、気性が荒かった。部下の媯覧らは、常にその命を狙っていた。
- 県令たちの宴席の前、徐氏が占うと、大凶と出た。夫に出席を止めたが、孫翊は聞かずに宴席へ向かい、門を出たところで斬り殺された。
- 媯覧は孫翊の財産と女性たちを奪い、徐氏にも結婚を迫った。徐氏は、「月の末に供養を済ませてから」と答えて、時間を稼いだ。
- その間に、夫の腹心の孫高と傅嬰に、仇討ちを頼んだ。
- 月の末、徐氏は喪服を脱ぎ、身を整え、笑顔で媯覧を迎えたと伝わる。酒に酔った媯覧を奥の部屋へ誘い込み、待ち伏せていた孫高・傅嬰が、これを討った。戴員らも、のち誅された。
- 徐氏は、仇の首を夫の霊前に供えて、仇討ちを報告した。
主な出典
『三国志』呉書 孫翊伝・同注引『会稽典録』
SOUL ALIGNMENT
人物像の分類:混沌・善
定められた喪の礼などより、仇討ちのためには、相手を欺くことも選ぶ姿から、規律は裁量寄りとしています。
夫への情と、仇を討つという一念に動かされた姿から、動機は利他寄りに置いています。
このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。