三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

張華

呉の平定を支え、万巻の書を愛し、政変に散った西晋の宰相

張華は、西晋に仕えた学者肌の宰相です。羊祜・杜預とともに呉討伐を支え、杜預の上奏が届いたとき、武帝(司馬炎)と打っていた囲碁の碁盤を下げて、出兵を勧めたと伝わります。呉の平定ののち、洛陽に来た陸機・陸雲の兄弟が師と仰いだ人物でもあり、各地の物産や不思議な話を集めた『博物志』を著しました。永康元年(300年)、趙王司馬倫の政変で捕らえられ、六十九歳で処刑されています。経歴は『晋書』張華伝などをもとにしています。

字は茂先。幽州范陽郡方城県の人。幼くして孤児となり、羊飼いをして暮らしを立てた。范陽太守の鮮于嗣に推されて太常博士となり、西晋が成立すると黄門侍郎、中書令、散騎常侍などを歴任した。羊祜・杜預とともに呉討伐の論を支え、280年に建業が陥ちて呉が平定されると、広武県侯に進封された。恵帝の代には賈南風の政権のもとで宰相を務め、司馬瑋の排除にも関わった。永康元年(300年)、趙王司馬倫と孫秀の政変で捕らえられ、処刑された。享年六十九。文才に優れ、『博物志』十篇を著した。

THE WAY OF LIFE

張華の生き方

貧しい孤児から羊飼いをして育ち、学問で身を立てた人。集めた知識を『博物志』にまとめ、物事を広く知ることを愛した。

呉の平定を支えた功臣でありながら、最期は政変の渦中で命を落とした。宰相の座は安泰ではなかった。

持ち味と、その裏側

博学と、人の才を認める眼。呉の名門から来た陸機兄弟に打ち解けて接し、兄弟は師の礼をもって敬った。一方で、宰相として太子の廃立を防げなかった点は、政変の際に責められた。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

232年〜300年(享年六十九)

幽州范陽郡方城県の人。字は茂先。父は魏の漁陽太守の張平。

  1. 幼くして孤児となり、羊飼いで生計を立てた。范陽太守の鮮于嗣に推挙されて太常博士となった。
  2. 西晋の成立後は黄門侍郎となり、中書令・散騎常侍などを歴任した。
  3. 羊祜・杜預とともに呉討伐の論を唱えた。羊祜が没したのち、杜預が出兵を強く求める上奏を送ったとき、武帝は張華と囲碁を打っていた。張華は碁盤を下げて出兵を勧め、武帝は決断したと伝わる(『晋書』張華伝)。
  4. 280年に建業が陥ちて呉が平定されると、功により広武県侯に進封された。洛陽に来た陸機・陸雲の兄弟は、張華と会うと旧知のように打ち解け、師の礼をもって敬った。
  5. 恵帝の代には、賈南風の政権のもとで宰相を務め、司馬瑋の排除にも関わった。
  6. 張華には宝剣の逸話が伝わる。天文に通じた雷煥と、斗牛の間の異気から宝剣のありかを語り、雷煥が豊城の獄舎の下から龍泉・太阿の二剣を見つけた。張華は一本を受け取って大切にしたが、のちに行方は分からなくなった。
  7. 永康元年(300年)、趙王司馬倫と孫秀が賈南風を廃して政権を握る政変を起こした。張華は偽の詔で呼び出されて捕らえられ、太子の廃立を防げなかったことを責められたが、これに反論した。そのまま宮殿前で処刑され、三族も殺された。享年六十九。

主な出典
『晋書』張華伝、『晋書』陸機伝。経歴は Wikipedia「張華」の記述も参照しています。

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:秩序・善

宰相として国の制度と秩序を支えた立場から、規律は秩序寄りに置いています。

呉討伐の進言から宰相としての務めまで、国の大事を先に考えて動いた点から、動機は中立(国家のため)よりやや利他寄りに置いています。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。