三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

張温

蜀を褒めすぎて孫権に疎まれ、才が身を滅ぼした呉の名士

張温は、呉郡の名門の出で、「容貌奇偉」と称された呉の名士です。224年、使者として蜀に赴き、諸葛亮と親交を結び、蜀の人々に深く感服されました。帰国後、蜀の政治を賞賛したことで孫権の不興を買い、同郷の暨艶が人事で大勢の恨みを買って自殺に追い込まれると、その推挙者としてともに弾劾されて官を追われ、郷里で死にました。陳寿は「才藻は俊茂だが、智防(身を守る知恵)が備わっていなかった」と評しています。経歴は『三国志』呉書「張温伝」をもとにしています。

呉郡呉の人で、字は恵恕。父の張允は孫権の東曹掾。若くして名を知られ、孫権が顧雍に人物を問うと「当今に並ぶ者はいない」と答えた。孫権が引見して議論すると、見る者はみな心を傾けた。選曹尚書、太子太傅。224年、輔義中郎将として蜀に使いし、諸葛亮と親しく交わり、蜀の人々は張温の才を重んじた。帰国後に蜀の政を褒めたことで孫権は内心不快になり、張温が推挙した選曹郎の暨艶が、人事で郎官の多くを退けて恨みを買い、弾劾されて自殺すると、張温も連坐して官を奪われ、本郡に送り返された。駱統が上疏して弁護したが聞かれなかった。六年後に病死した。弟の張白は陸績の娘・陸郁生を娶り、妹は顧雍の孫・顧承に嫁いだ。

THE WAY OF LIFE

張温の生き方

孫権が顧雍に「張温は誰に比べられるか」と問うた。顧雍は答えた。「当今、並ぶ者はいません」。引見して語り合うと、文辞は流れるようで、見る者は皆、心を傾けた。張昭が張温の手を取って「老夫は君に心を託す。わかってほしい」と言った。

蜀への使者。諸葛亮と語り、蜀の宮廷の人々はこぞって張温を重んじた。帰って孫権に報告するとき、蜀の政治をよいものとして語った。孫権は黙って聞いた。『三国志』は「権は内心これを快しとせず」と書く。張温の人生で一番光っていた旅が、そのまま影の始まりになった。

同郷の暨艶が選曹郎として人事を正そうとし、郎官の多くを退けて恨みを買い、弾劾されて自殺した。暨艶を推挙したのは張温だった。孫権は張温の罪状を自ら数え上げ、「才を頼んで己を忘れ、人を軽んじた」と書いた。駱統が長い上疏で弁護したが、聞かれなかった。官を奪われて郷里に戻り、六年後に死んだ。

持ち味と、その裏側

文才と弁舌、諸葛亮が認めた人物の魅力、蜀との外交を成功させた手腕。一方で、自分の評価がどう受け取られるかに無頓着で、賞賛する相手を選ばず、庇う相手の危うさを見抜けなかった。陳寿の「智防未備」の一語が、この人を言い尽くしている。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

193年〜230年(享年38)

揚州呉郡呉県の人。字は恵恕。父は孫権の東曹掾・張允。弟は張祗・張白(張白の妻は陸績の娘・陸郁生)。

  1. 呉郡呉の人で、字は恵恕。父の張允は軽財重士で呉郡に名があり、孫権の東曹掾として没した。張温は若くして節操と学問を修め、容貌が人並み外れていた。
  2. 孫権が「張温は誰に比べられるか」と問うと、大農の劉基は「全琮の仲間でしょう」と答え、太常の顧雍は「劉基は彼をよく知らない。当今に並ぶ者はいません」と答えた。孫権は「それならば張允は死んでいない」と言って召し出し、引見して語り合うと、文辞は占対すらすらと流れ、見る者はみな心を傾け、孫権も敬った。議郎・選曹尚書を経て太子太傅となり、重んじられた。
  3. 224年、三十二歳で輔義中郎将となり、蜀に使いした。孫権は「蜀への使いは、君が若くて名がまだ遠くに届いていないのを案ずるだけだ」と言った。張温は「私は怠慢で、徳も識も足りませんが、命を受けて行くからには、諸葛亮が人を見る目に長けているのを頼みにします」と答えた。蜀に入ると表を奉じて呉の誠意を述べ、諸葛亮と親しく交わった。蜀の人々は張温の才を重んじた。帰国の送別の席で遅れて来た秦宓に「天に頭はあるか」「耳はあるか」「足はあるか」「姓はあるか」と問い、秦宓が『詩経』を引いてすべて即答し、「天の姓は劉」「日は東に生まれても西に没する」と返すと、張温は大いに敬服した(秦宓伝)。
  4. 帰国してまもなく豫章の軍に送られて出兵したが、事業は果たせなかった。孫権は、張温が蜀の政治を賞賛したことを内心恨み、またその声名が盛んで人々が惑わされていることを嫌い、いずれ自分の用には立たないと見て、傷つける手立てを考えていた。
  5. 選曹郎の暨艶は張温が推挙した同郷人で、人事を正そうと郎署の官を厳しく審査し、十人のうち一人も残さぬほど退けて、下級に落とした者も多かった。多くの恨みを買い、「私情で人を上下させた」と弾劾されて自殺した。
  6. 張温は暨艶・徐彪と意見を同じくし、書簡を交わしていたため、孫権は張温を有司に幽閉し、罪状を列挙する令を下した。暨艶と生死を共にして人事を表裏で操ったこと、豫章で曹丕が淮・泗に出たとき命じても諸将を深山に置いて来なかったこと、殷礼を蜀に連れて行って異国を褒めそやしたこと、「君を御史に推す」と人に恩を売ったことなどを数え、「市朝に晒すには忍びないので、本郡に返して厮吏に充てる。張温よ、罪を免れただけ幸いと思え」と結んだ。
  7. 駱統が上疏して長く弁護し、「暨艶の過ちを張温に負わせるのは正しくない。張温は蜀で呉の国威を示し、蜀人はみな彼を重んじた。才を妬まれて潰すのは国の損失だ」と説いたが、孫権は聞かなかった。張温は郷里で六年ののち病死した。弟の張祗・張白も才名があったが、ともに廃された。三人の姉妹はみな節行があり、顧承に嫁いだ妹は顧承の死後に丁氏へ再嫁させられ、婚礼の日に薬を飲んで死んだ。
  8. 陳寿は「張温は才藻俊茂なるも、智防未だ備わらず、以て艱患を致せり(才は見事だったが、身を守る知恵が備わらず、災いを招いた)」と評した。裴松之は「名は公器であり、多く取ってはならない」という荘子の言を引き、「張温の廃された理由は、名を取りすぎたことではないか」と書き、駱統が弁護の中で「世に及ぶ者なし」とまで褒めたのを「燃え盛る火に油を注ぐようなものだ」と評した。諸葛亮は「あの人は清濁の別が明らかすぎ、善悪の分け方がはっきりしすぎる」と言ったと伝わる。

主な出典
『三国志』呉書「張温伝」(張厳程闞薛伝)、「駱統伝」、裴松之注引『会稽典録』『文士伝』。経歴は Wikipedia「張温」の記述も参照しています。

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:中立・善

礼を重んじる名門の士で、使者としての務めは秩序の側ですが、人事では旧弊を正そうとして多くの反発を招き、孫権の意向より自分の判断を通しました。秩序と裁量が同じ重さで並ぶ人として、規律は中立に置いています。

使者として蜀との同盟を固め、人事では能力本位の暨艶を支持しました。国のために動いた人ですが、その賞賛と人選が結果として孫権と群臣の反感を買い、国と自分の双方に不幸をもたらしました。動機は組織のためとして中立に置いています。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。