三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

張既

曹魏の雍州・涼州刺史

張既は、馮翊郡高陵県の人で、新豊県令として治績が三輔で第一となりました。建安7年(202年)の河東の戦いでは、馬騰を説得して高幹・張晟の討伐に加わらせ、建安13年(208年)には、馬騰を朝廷に出仕させて、その家族を鄴に移します。建安19年(214年)に夏侯淵とともに宋建を討って隴右を平定し、建安24年(219年)には、劉備の漢中攻めに備えて、氐人五万余を扶風・天水へ移しました。黄初2年(221年)に涼州刺史となり、盧水胡の反乱を平定し、麹光の反乱では、羌族を使って内外から切り崩し、戦わずに平定します。黄初4年(223年)に任地で没し、諡は粛侯です。経歴は『三国志』魏書 劉司馬梁張温賈伝をもとにしています。

馮翊郡高陵県の人。新豊県令として治績は三輔で第一となった。河東の戦いでは馬騰を説得して反乱討伐に加わらせ、のちに馬騰が朝廷へ出仕する際も準備を整えさせた。夏侯淵と共に宋建を討ち、隴右を平定した。黄初年間に涼州刺史となり、麹光の反乱では、羌族を使って内外から切り崩し、戦わずに平定した。黄初4年(223年)に任地で没し、諡は粛侯。

THE WAY OF LIFE

張既の生き方

建安19年(214年)、隴右を平定した時、移住の噂に怯える隴西・天水・南安の三郡に、税を免じ、家屋や水碓を整えさせて民心を落ち着かせた。

黄初2年(221年)、涼州で盧水胡が反乱した際、文帝に「張既でなければ涼州は安んじられない」と託された。金城から黄河を渡って武威を押さえ、顕美で胡人の騎兵を大破した。

持ち味と、その裏側

民心をつかむ統治と、少数で大勢を破る奇策。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

生年不詳〜黄初4年(223年)

馮翊郡高陵県(現在の陝西省西安市高陵区)

  1. 建安元年(196年): 曹操の招聘に応じず。のち茂才に挙げられ、新豊県令となる。
  2. 建安7年(202年): 河東の戦いで、馬騰を説得して高幹・張晟の討伐に加わらせる。
  3. 建安13年(208年): 馬騰を朝廷に出仕させ、その家族を鄴に移す。
  4. 建安16年(211年): 馬超の反乱の後、京兆尹となる。
  5. 建安19年(214年): 夏侯淵と共に宋建を討ち、臨洮・狄道を平定する。
  6. 建安20年(215年): 張魯征伐に従い、漢中の民を三輔へ移すよう進言する。
  7. 建安24年(219年): 劉備の漢中攻めに備え、氐人五万余を扶風・天水へ移す。
  8. 黄初2年(221年): 涼州刺史となり、盧水胡の反乱を平定する。西郷侯に進む。
  9. 黄初4年(223年): 任地で没。明帝の時、粛侯と追諡される。

主な出典
『三国志』魏書 劉司馬梁張温賈伝(裴松之注を含む)。曹丕の詔と、陳寿の評を含む。

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:中立・善

規律3のため中立。法より恵政を重んじ、民を安んじることを優先した。

民の不安を取り除くことを第一にした。移住の噂に怯える三郡の民には税を免じて安心させた。動機は他者寄りに置いています。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。