CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇
小喬
才気をふりまく周瑜の妻
小喬は、廬江郡皖県の名家・橋公の娘で、姉の大喬とともに「国色」と評判でした。建安3年(198年)頃、孫策の皖攻略のあと、周瑜に嫁ぎます(史書での名は小橋)。夫の周瑜は、赤壁の戦い(208年)で曹操軍を破り、建安15年(210年)に36歳で亡くなりました。『三国志演義』では、曹操が銅雀台に姉妹を迎えようとしている、と諸葛亮が周瑜に聞かせる場面で名が出ますが、これは演義の創作です。経歴は『呉書』周瑜伝と『江表伝』をもとにしています。
皖県の名家の姉妹の妹。周瑜の妻となり、赤壁の物語で名を知られる。
THE WAY OF LIFE
小喬の生き方
明るく華やかに場を和ませる。小喬は、笑顔と気配りで周りを引き立てる人物像です。
『演義』では、曹操が欲しがったという話の中心人物として語られますが、本人は静かに家を守る側の存在として描かれます。
持ち味と、その裏側
場の空気を読んで、人の気持ちを軽くする華やかさ。一方で、周りに気を遣いすぎて疲れやすいため、自分のための時間を持つことも大切です。
IN THE CHRONICLES
史実・物語の歩み(概略)
生没年不詳(後漢末)
廬江郡皖県の人。橋公(『演義』では喬国老)の娘。
- 廬江郡皖県の名家の娘で、姉とともに「国色」と評判だった。
- 建安3年(198年)頃、孫策の皖攻略のあと、周瑜に嫁いだ(『呉書』周瑜伝)。
- 夫の周瑜は、赤壁の戦い(208年)で曹操軍を破った。
- 周瑜は建安15年(210年)に36歳で亡くなった。
- 『三国志演義』では、曹操が銅雀台に二人を迎えようとしている、と諸葛亮が周瑜に聞かせる場面で名が出る(これは演義の創作)。
主な出典
『三国志』呉書 周瑜伝、『三国志』呉書 孫策伝注引『江表伝』、『三国志演義』
SOUL ALIGNMENT
人物像の分類:真なる中立
形式にこだわりすぎず、状況に合わせて柔らかく振る舞う姿から、規律は中間としています。
周瑜を支え、家族の安らぎを願う姿から、動機は中間に置いています。
このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。