CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇
孫軟児
趙雲の無傷の肌に、戯れで針を立てた妻
孫軟児は、趙雲の妻として、民間伝承『趙雲の死』などに語られる人物です。実在を示す記録はなく、『三国志』『趙雲別伝』『三国志演義』にその名は見えません。快活で、夫とよく冗談を言い合う仲睦まじい夫婦だったと語られ、趙雲が四十歳のころ、戦から帰って入浴のために服を脱ぐと、傷ひとつない美しい肌でした。不思議に思った軟児が冗談で針を肩に軽く刺すと、血が噴き出して止まらず、趙雲はそのまま息を引き取り、軟児は夫の刀で後を追ったと語られます。無敵の英雄が弱点で最期を迎える型の物語として、アキレウスなどと比べられることがあります。
民間伝承『趙雲の死』に登場する、趙雲の妻。快活で、趙雲とよく冗談を言い合ったと語られる。生涯無傷の夫に、戯れで刺繍針を刺したことから、思わぬ結末を迎える。『三国志』にも『三国志演義』にも登場しない。
THE WAY OF LIFE
孫軟児の生き方
冗談を言い、笑い、夫の帰りが遅ければ箒を振って叩くふりをする。軟児は、感情をまっすぐ表に出す人として語られます。
夫の傷ひとつない肌を見て、確かめたくなる。この無邪気さと、取り返しのつかない結末の落差が、この人物の物語の核です。
持ち味と、その裏側
場を明るくし、近しい人の気持ちを軽くする力。思いついたことを、ためらわず口にし、手を動かせる素直さ。一方、思いつきの結果を先まで見通すより、その場の気持ちを優先する面があり、取り返しのつかない場面では、一呼吸おく余地が助けになります。
IN THE CHRONICLES
史実・物語の歩み(概略)
生没年不詳(民間伝承の人物)
趙雲の妻として語られる架空の人物で、実在を示す記録はない。『三国志』『趙雲別伝』『三国志演義』にその名は見えず、『趙雲の死』などの民間伝承の一部にだけ現れる。伝承によっては、「軟児」を幼名とし、「孫氏」と呼ぶ。
- 趙雲の妻として語られる。快活で、夫と冗談を言い合う仲睦まじい夫婦だった、と語られる(王登雲『趙雲之死』)。
- 趙雲が四十歳の頃、戦から帰って入浴のため服を脱ぐと、傷ひとつない美しい肌だった。不思議に思った軟児は、冗談で、針を夫の肩に軽く刺した(同)。
- 刺した場所から血が噴き出して止まらず、趙雲は取り乱す妻をいたわりながら、そのまま息を引き取った(同)。
- 予期せぬ悲劇に絶望した軟児は、夫の刀で後を追って自害した、と語られる(同)。
- 四川省大邑県の『趙子龍之死』では、年老いた趙雲が「生涯一度も傷を負わなかった」と語り、妻が眠る夫の体に針を刺す。河北省正定県の『趙雲の死』も、構造は近い。どちらも妻の名を記さない。
- 死因が針の一刺しとなる話は、無敵の英雄が弱点で最期を迎える型の物語として、ギリシャ神話のアキレウスなどと比べられる。民間伝承の研究者は、史書の病没という結末では納得できないほど、趙雲の武勇が慕われていたためと分析する。
主な出典
民間伝承『趙雲之死』(王登雲『三国伝説故事365』1991年に収録)。ほかに、同じ型の『趙子龍之死』(四川省大邑県)、『趙雲之死』(河北省正定県)などの伝承があるが、その二つには妻の名がない。映画『三国志』(2008年)では、趙雲の妻に軟児の名が使われた
SOUL ALIGNMENT
人物像の分類:混沌・善
決まりごとより、その場の気持ちで動く姿から、規律は裁量寄りとしています。
夫を笑わせたい気持ちと、夫への愛情が、行動の中心にあります。自分の利益のために動く場面はなく、動機は他者寄り(善)の側に置いています。
このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。