三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

孫皎

気前がよく情に厚い、夏口を預かった若き将

孫皎は、字を叔朗といい、孫権の叔父・孫静の子で、孫権の従弟にあたります。若くして護軍校尉となり、二千の兵を預かりました。程普の死後は夏口の守備を任され、濡須などで曹操軍の侵攻を食い止めます。建安20年(215年)には、呂蒙とともに荊州の長沙・桂陽の攻略に加わりました。金銭や財宝を惜しまず人に与え、部下に民間人への乱暴を禁じたといいます。酒席で年長の甘寧を軽く扱って激怒させましたが、孫権に諭されて謝罪し、以後は親しく交わったと伝わります。建安24年(219年)、荊州攻略の直後に病没しました。経歴は『三国志』呉書 宗室伝(孫皎伝)をもとにしています。

孫権の従弟で、孫静の子。夏口を預かって曹操軍の備えに当たり、呂蒙とともに荊州の攻略に加わった。酒席で甘寧と衝突したが、孫権に諭されて謝罪した。

THE WAY OF LIFE

孫皎の生き方

気前がよく、人に分け与える。孫皎は、情の厚さと、仲間を大切にする義を併せ持つ人物像です。

身分や年齢より、心の通い合いを重んじた。信条の高さと、規律の低さに、その温かさと、酒席での気ままさを重ねています。

持ち味と、その裏側

財や恩賞を惜しまない気前のよさと、部下や民を大切にする優しさ。一方で、酒の席で感情が先に出て、年長の甘寧を軽んじるなど、振る舞いが緩んで摩擦を生むことがありました。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

?年〜建安24年(219年)

揚州呉郡富春県の人。字は叔朗。孫権の叔父・孫静の子で、孫瑜の弟。

  1. 孫静の子で、兄に孫暠・孫瑜、弟に孫奐・孫謙がいる。孫権の従弟にあたる。
  2. 若くして護軍校尉となり、二千の兵を預かった。
  3. 程普の死後は夏口の守備を任され、都護・征虜将軍に進んだ。黄蓋や兄の孫瑜が亡くなったあとは、その配下も指揮下に入った。
  4. 曹操軍の侵攻に対し、濡須などでたびたび迎撃して、これを食い止めた。
  5. 建安20年(215年)、呂蒙とともに荊州の長沙・桂陽の攻略に加わり、呂蒙は孫皎を三郡に置いて鎮守を任せた。
  6. 人によく施しをし、金銭や財宝を惜しまずに与えたという。兵士が敵地から女性をさらってくると、衣服を与えて丁重に送り返し、部下に民間人への乱暴を禁じた。
  7. 酒席で、年下の孫皎が年長の甘寧を軽く扱ったため、甘寧は激怒し、呂蒙の下への異動を申し出た。孫権が孫皎を諭すと、孫皎は甘寧に謝罪し、以後は親しく交わったと伝わる。
  8. 建安24年(219年)、関羽を討つにあたり、孫権は軍を二つに分けて、孫皎と呂蒙にそれぞれ率いさせようとした。指揮系統の一本化を重んじた呂蒙が反対したため、孫皎は後詰めの任に回ったと伝わる。この場面は『三国志演義』(第75回)にも描かれ、演義の孫皎は、兵糧の補給を担当する。孫皎は呂蒙とともに出陣して、荊州平定に功を立てたが、その直後に病没した。役職と軍勢は、弟の孫奐が継いだ。

主な出典
『三国志』呉書 宗室伝(孫皎伝)、同注引『呉書』、呉書 呂蒙伝、『三国志演義』

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:混沌・善

決まりや席次より、その場の気分と情で動く姿から、規律は裁量寄りとしています。

財を惜しまず人に施し、民への乱暴を戒めた姿から、動機は利他寄りに置いています。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

診断結果の保存・共有

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。