三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

← 武将図鑑

CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

孫休

孫綝を誅殺して実権を取り戻し、学問に向かった呉の皇帝

孫休は、字を子烈といい、孫権の第6子で、呉の第3代皇帝です。十三歳のころ、謝慈と盛沖から学問を受けました。太平3年(258年)、孫綝が孫亮を廃位して擁立し、三度辞退したのち即位します。孫綝の専横が強まるなか、表向きは要求を受け入れながら、張布・丁奉らと謀って機をうかがい、永安元年12月に孫綝を捕らえて誅殺しました。五経博士を置き、学問を奨励して、試験で官位や恩賞を決めています。のちには学問に熱中して朝政から距離を置き、濮陽興と張布が政務を握りました。永安7年(264年)7月に亡くなり、孫晧が継ぎます。経歴は『三国志』呉書 三嗣主伝・孫綝伝をもとにしています。

呉の第3代皇帝。孫権の第6子。孫綝に擁立されて即位し、数か月後に丁奉・張布と謀って孫綝を誅殺した。学問を好み、五経博士を置いた。264年に亡くなり、孫皓が継いだ。

THE WAY OF LIFE

孫休の生き方

擁立してくれた権臣を、数か月後に倒した。孫休は、待つあいだに、手を打つ人物像です。

学問を好み、政務は側近に任せがちだった。表現を高く、挑戦を低く置いています。

持ち味と、その裏側

機を待って権臣を除く決断と、学問を重んじる姿勢。一方で、濮陽興や張布に政務を任せきりにして、新しい人材を登用できなかったと陳寿に評されている人物です。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

嘉禾4年(235年)〜永安7年(264年)

孫権の第6子。生母は王夫人(敬懐皇后)。字は子烈。皇后は朱氏、子は孫𩅦ら。

  1. 嘉禾4年(235年)に、孫権の第6子として生まれた。生母は王夫人(のち敬懐皇后)。字は子烈。十三歳のころ、謝慈と盛沖から学問を受けた。
  2. 赤烏の末年、252年の正月に琅邪王となり、虎林に住んだ。同じ年の4月に孫権が没し、弟の孫亮が即位した。諸葛恪が実権を握り、諸王を長江沿いから移すために、孫休は丹陽郡へ移った。
  3. その後、丹陽太守の李衡に圧迫されて、会稽郡へ移った。数年のうちに、会稽太守の濮陽興と親しくなった。
  4. 太平3年(258年)9月、孫綝が孫亮を廃位し、孫休を擁立した。宗正の孫楷と中書郎の董朝が迎えに来た。孫休は迷ったが、応じて都へ向かった。10月18日、永昌亭で孫恩らの出迎えを受け、三度辞退したのち即位し、同日に年号を永安と改めた。
  5. 孫休は、孫綝や孫恩らを昇進させ、張布や董朝にも恩賞を与えた。孫綝の専横は強まった。孫休は、表向きは要求を受け入れながら、張布・丁奉らと謀って機をうかがったと伝わる。
  6. 永安元年12月、孫休は孫綝を捕らえて誅殺し、一族も滅ぼした。孫峻の墓を暴くなど、孫峻・孫綝の両家の記録を消す措置も取った。一方で、諸葛恪・滕胤・呂拠らの名誉を回復した。翌日には、張布の功を賞して、中軍督の位を加えた。
  7. 五経博士を置き、学問を奨励して、試験で官位や恩賞を決めた。永安2年(259年)には、武より文を重んじ、農業を盛んにする方針を示した。永安3年(260年)秋には、濮陽興の勧めで丹陽郡に浦里塘を築き、干拓を進めたが、工費と動員で死者や自殺者が出て、民の恨みを買った。
  8. 会稽にいた孫亮が再び即位するという流言が広がると、孫亮は侯官侯に降格され、任地へ向かう途中で亡くなった。自殺とされるが、孫休による毒殺説もある(年は260〜261年ごろ)。
  9. 永安5年(262年)、朱氏を皇后に立て、子の孫𩅦を太子にした。冬には濮陽興を丞相に任じた。このころから、孫休は学問に熱中して朝政から距離を置き、濮陽興と張布が政務を握った。張布の専横を知りながら咎めなかった、とも伝わる。
  10. 永安6年(263年)、交阯で呂興らが反乱を起こした。同じ年の冬、蜀が魏に攻められたとの知らせを受け、丁奉らに魏の寿春などへの攻撃や漢水方面への進軍を命じたが、劉禅が降伏したと伝わって、すべて中止になった。
  11. 永安7年(264年)7月に亡くなった。死の直前に言葉を失い、筆談で濮陽興を呼んで、太子に拝礼させて後事を託した、という話もある。万彧が孫晧を推薦し、濮陽興と張布が朱太后の同意を得て、孫晧を擁立した。孫休には四人の息子がおり、年長の二人は孫晧に殺されたとされる。裴松之注は妻子もすべて殺されたと伝えるが、検討が必要だとされる。
  12. 陳寿は、濮陽興と張布に政治を任せ、有能な人材を登用して新しい体制を築けなかったと評した。学問を好んだ割に、国の乱れを正す効果は乏しく、孫亮の悲惨な最期は、兄弟への配慮が足りなかったためだ、とも述べる。
  13. 孫休は、早朝から雉狩りに出て、夕方に戻った。群臣が諫めると、雉は小さな鳥だが、節操の固さは人に勝るから好むのだ、と答えたという。また、四人の息子には、名が重ならず、避けやすいように、新しい文字を作って名付けた。

主な出典
『三国志』呉書 三嗣主伝(孫休)・孫綝伝、裴松之注に引く『江表伝』『呉録』

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:真なる中立

学問と礼を重んじる一方で、孫綝の誅殺や孫亮の処遇など、決まりを超えた動きもあるため、規律は中間に置いています。

孫綝を除いて実権を取り戻した記録と、孫亮の死に毒殺説が残る記録の両方があるため、動機は中間に置いています。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

診断結果の保存・共有

画像を長押し、または「PNGを保存」から保存できます。

診断結果の保存用カード
PNGを保存 ↓

「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。