CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇
孟獲
納得するまで折れない南中の雄
孟獲は、益州建寧郡の豪族で、南中の雄です。雍闓が蜀漢に背くとこれに加わり、南中の人々に反乱を呼びかけました。雍闓が内輪もめで殺されると、そのあとを継いで反乱の中心になります。諸葛亮の南征では、何度も捕らえられては放され(七縦七擒)、ついに心服して、もう背かないと誓ったと伝わります。建興3年(225年)の南中平定のあとは蜀漢に仕え、御史中丞まで昇りました。『三国志演義』では「南蛮王」として描かれ、妻の祝融夫人らも登場します。経歴は『漢晋春秋』『華陽国志』『三国志演義』をもとにしています。
南中・建寧郡の豪族。雍闓の反乱に加わり、のち諸葛亮に何度も捕らえられては放され、ついに心服したと伝わる。
THE WAY OF LIFE
孟獲の生き方
納得できないことには、何度捕まっても首を縦に振らない。孟獲は、力で押し切られても心までは預けない、はっきりとした意地を持つ人物像です。
一方で、心から納得したあとは、まっすぐ従う面も見せる。蜀漢に降ったのちは御史中丞に至り、南中を治める側に回ったと伝わります。
持ち味と、その裏側
筋の通らないことには折れず、一度納得すれば、一族も仲間もまとめて動かす力。一方で、意地を張りすぎると引き返せなくなるため、納得できる材料を早めに受け取ることも大切です。
IN THE CHRONICLES
史実・物語の歩み(概略)
生没年不詳(後漢末〜三国時代)
益州建寧郡の人。南中の豪族。
- 建寧郡の豪族で、雍闓が蜀漢に背くと、これに加わり、南中の人々に反乱を呼びかけて回った(『華陽国志』など)。
- 雍闓が内輪もめで殺されると、そのあとを継ぎ、反乱の中心になった。
- 諸葛亮の南征で、何度も捕らえられては放され(七縦七擒、『漢晋春秋』『華陽国志』)、ついに心服して、もう背かないと誓ったと伝わる。
- 建興3年(225年)の南中平定のあと、蜀漢に仕え、功績を立てて御史中丞にまで昇った。
- 『三国志演義』では「南蛮王」として描かれ、妻の祝融夫人や弟の孟優らとともに登場する。
主な出典
『三国志』蜀書 諸葛亮伝注引『漢晋春秋』、『華陽国志』、『三国志演義』
SOUL ALIGNMENT
人物像の分類:混沌・善
朝廷の法より、郷里の道理と自分の判断で動く姿から、規律は裁量寄りとしています。ただし、降伏後は蜀漢の官にも就いているため、完全な自由とは見ていません。
郷里の豪族として、一族と南中の人々を背負う姿を重く見て、動機は利他寄りの境界に置いています。
このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。