CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇
夏侯覇
故郷を捨てて蜀へ走った、夏侯淵の子
夏侯覇は、字を仲権といい、夏侯淵の次男です。219年に父が定軍山で蜀軍と戦って亡くなったことから、蜀を恨んでいたと伝わります。従弟の夏侯玄は曹爽の側近で、249年に高平陵の変で曹爽が倒れると、夏侯覇は司馬懿に疑われる立場になりました。夏侯玄の後任の郭淮の指揮下に入ることや、都へ呼び戻される不安もあって、同年、険しい山道をたどって蜀へ逃れます。『魏略』には、劉禅が夏侯覇の子を抱いて「これは夏侯氏の甥だ」と言って迎えた話があります。張飛の妻は夏侯氏で、夏侯覇の従姉妹にあたります。蜀では車騎将軍となりました。経歴は『三国志』魏書 夏侯淵伝と『魏略』をもとにしています。
夏侯淵の次男。曹爽の失脚後、郭淮の下で身の危険を感じ、249年に蜀へ亡命した。
THE WAY OF LIFE
夏侯覇の生き方
多くを語らず、一度決めた義を曲げない。夏侯覇は、揺るがない信条と、運命を受け止める覚悟を併せ持つ人物像です。
故郷を離れる決断をしても、胸の内は語らない。信条の高さと、表現の低さに、その寡黙な覚悟を重ねています。
持ち味と、その裏側
一度決めた義を曲げない芯の強さと、劣勢でも覚悟を決める胆力。一方で、思いを口にしないため周囲に理解されにくく、孤立しやすくなります。
IN THE CHRONICLES
史実・物語の歩み(概略)
生没年不詳
豫州沛国譙県の人。字は仲権。夏侯淵の次男。従弟に夏侯玄。
- 夏侯淵の次男。219年、父が定軍山で蜀軍と戦って亡くなったことから、蜀を恨んでいたと伝わる。
- 従弟の夏侯玄は曹爽の側近だった。249年に高平陵の変で曹爽が倒れ、夏侯玄らが立場を失うと、夏侯覇は司馬懿に疑われる立場になった。
- 夏侯玄の後任の郭淮の指揮下に入ることになり、都へ呼び戻される不安もあって、249年、蜀へ逃れた。険しい山道をたどったと伝わる。
- 『魏略』には、劉禅が夏侯覇の子を抱いて「これは夏侯氏の甥だ」と言って迎えた話がある。張飛の妻は夏侯氏で、夏侯覇の従姉妹にあたる。
- 蜀では車騎将軍となった。生没年は不詳。
- 『三国志演義』では、曹爽が討たれたのち、司馬懿に疑われて蜀に降り、姜維とともに魏への北伐に加わる。
主な出典
『三国志』魏書 夏侯淵伝(夏侯覇)・同注引『魏略』、『三国志演義』
SOUL ALIGNMENT
人物像の分類:真なる中立
魏への忠誠と、自分の身を守る判断の間で揺れた姿から、規律は中間としています。
家族への情と、生き延びるための判断の両方があったため、動機は中間に置いています。
このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。