CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇
夏侯氏
薪を拾う少女から、二人の皇后の母になった人
夏侯氏は、夏侯淵の姪にあたる女性で、張飛の妻です。建安5年(200年)ごろ、薪を拾いに出ていたところを張飛に見つけられ、良家の娘と知った張飛に、妻として迎えられたと伝わります。二人の娘がおり、姉妹はどちらも蜀の後主・劉禅の皇后になりました。叔父の夏侯淵は219年に定軍山で戦死し、夫の張飛も221年に部下に殺されます。従兄弟の夏侯覇は、249年に魏から蜀へ逃れました。夏侯氏自身の言葉や行いは、史料にほとんど残っていません。経歴は『三国志』蜀書 後主敬哀張皇后伝・張飛伝をもとにしています。
夏侯淵の姪。張飛に見初められて妻となり、二人の娘がともに劉禅の皇后になった。
THE WAY OF LIFE
夏侯氏の生き方
あたたかく、家族をつなぐ。夏侯氏は、穏やかな誠実さと、環境にしなやかに合わせる強さを併せ持つ人物像です。
本人の記録は少ないため、血縁と結婚が結んだ縁から読み取っています。動機の高さと、挑戦の低さに、その静かな温かさを重ねています。
持ち味と、その裏側
新しい環境にもなじむ柔らかさと、家族をつなぐ温かさ。一方で、自ら表に出る場面が少なく、本人の働きは記録に残りにくくなります。
IN THE CHRONICLES
史実・物語の歩み(概略)
生没年不詳
夏侯淵の一族の娘(姪)。張飛の妻。
- 夏侯淵の姪にあたる。建安5年(200年)ごろ、薪を拾いに出ていたところを張飛に見つけられ、良家の娘と知った張飛に、妻として迎えられたと伝わる。
- 二人の娘がいた。のちにその姉妹は、どちらも蜀の後主・劉禅の皇后となった。
- 叔父の夏侯淵は219年に定軍山で戦死し、夫の張飛も、221年に部下に殺された。
- 従兄弟の夏侯覇は、249年に魏から蜀へ逃れた。『魏略』には、劉禅が夏侯覇の子を抱いて「これは夏侯氏の甥だ」と言って迎えた話がある。
- 夏侯氏自身の言葉や行いは、史料にはほとんど残っていない。
- 『三国志演義』では、張飛の妻としての夏侯氏の姿はほとんど描かれない。
主な出典
『三国志』蜀書 後主敬哀張皇后伝・張飛伝、『三国志』魏書 夏侯淵伝
SOUL ALIGNMENT
人物像の分類:中立・善
家の決まりと立場に沿って暮らした姿から、規律は中間としています。
家族をつなぎ、二人の皇后の母となった立場から、動機は利他寄りに置いています。
このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。