CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇
夏侯令女
夫の死後、再嫁を拒んで耳と鼻を断った曹魏の寡婦
夏侯令女は、譙郡の夏侯文寧の娘で、曹文叔の妻です。『三国志』本文には見えず、皇甫謐『列女伝』が伝え、裴松之注が引いています。夫の文叔が早世して、子もありませんでした。父が再嫁を勧めると、まず髪を断って節を示し、次いで両耳を切り、実家に戻されたのちには鼻も切ったと伝わります。曹爽が誅されて曹氏が滅んだのちも、「仁者は盛衰によって節を変えず」と述べて節を守り、司馬懿はその節を嘉して、曹氏の後継を養子に迎えることを許しました。経歴は『三国志』魏書 諸夏侯曹伝の注(『列女伝』)をもとにしています。
譙郡の夏侯文寧の娘で、曹文叔の妻。『三国志』本文には見えず、皇甫謐『列女伝』が伝え、裴松之注が引く。夫の文叔が早世し、子もなかった。父が再嫁を勧めると、まず髪を断って節を示し、次いで両耳を切った。曹爽が誅されて曹氏が滅んだのちも、「仁者は盛衰によって節を変えず」と述べて節を守り、司馬懿はその節を嘉して曹氏の後継を養子に迎えることを許したと伝わる。
THE WAY OF LIFE
夏侯令女の生き方
父の勧めに対して、髪を断ち、耳を切り、さらに鼻を切って、再嫁の意思のないことを示した。自傷によって節を示すという行いは、同時代の評価でも賛否が分かれる。
後世の評者は節義を讃える一方、女性が身体を代償にしなければ節を守れなかったことを悲痛と評した。『三国志演義』は第107回で名を挙げるのみで、事績は描かれない。
持ち味と、その裏側
夫の死後も生き方を一貫させた意志の強さと、「仁者は盛衰によって節を変えず」という理屈の明快さ。
IN THE CHRONICLES
史実・物語の歩み(概略)
生没年不詳(曹魏の人)
譙郡(現在の安徽省亳州)
- 生年不詳: 譙郡の夏侯文寧の娘として生まれる。
- 曹文叔に嫁ぐ。文叔は早世し、子はなかった。
- 父が再嫁を勧める。髪を断って節を示し、のち両耳を切る。
- 実家に戻されたのち、再び鼻を切る。曹爽の誅殺後に曹氏が滅ぶ。
- 司馬懿が節を嘉し、曹氏の後継を養子に迎えることを許す。
主な出典
『三国志』魏書 諸夏侯曹伝 裴松之注(皇甫謐『列女伝』、『太平御覧』所引)。『三国志演義』第107回。
SOUL ALIGNMENT
人物像の分類:秩序・善
規律4のため秩序。再嫁を拒む筋を通し、曹氏が滅んだのちも節を変えなかった。
夫の家と自らの節を守ることを動機とした。動機は高く善として扱いますが、自らの身体を傷つけて節を示した手段については、当時も後世も評価が分かれます。
このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。